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ボラン農場の牛たち

アルモリカの小さな村からアルモリカンArmoricaine牛たちのお話をお届けします。

いちま姐さんの家系

4月になり、適当に雨が降ったり、たまに晴れたりのボラン農場です。納屋にはツバメが戻って来たそうだけど(私は見てない)、朝は霜が降りるほど寒くて、本格的な春はまだまだ先のこと。

そんな朝、南の“大畑”にいる牛たちを見に行くと、いちま姐さんがそわそわ歩き回っては、時々何か叫んでます。他の牛たちはのんびり朝ごはんを食べてるのに。

まるで何かを探してるように、2ヘクタール以上ある放牧地を、縦に、斜めに、歩きっぱなし。発情したみたいだけど、そんなはずありません。出産予定日が数日後だから、産気づいた!

子牛が生まれたら牛舎まで連れて行くので、その用意を済ませ、午前中に何度も見に行ったけど、いちまは歩いてばかりで、叫ぶばかり。見たところまだ破水もしていないようで、座ったら(伏せたら)産道を確認しようと思っても、ひたすら歩くばかりで、止まってもくれません。

昔、ファンタがダンボくんを産んだときもこんなだったよね。逆子だったけど。去年、ルーシーが前の晩から落ち着きがなくて、翌朝見に行ったら、ヘンなとこに入り込んでたよね。死産だったけど。・・・とイヤな予感しかしません。

あんなに叫ぶのはどこか具合が悪いのだから、すぐに産まないとしても牛舎裏まで連れて行こう、と決断したのが、午後2時ごろ。Jおじさんとお迎えに行ったら、すんなり来てくれました。

牛舎裏の小さな放牧地(運動場程度)に入れても、歩くのと叫ぶのは変わりません。でも、狭い場所だし、傾斜も大したことないので、“大畑”で歩き回るよりはマシだけど、やっぱり、いくら待っても座ってくれません。

時間が経つにつれて、本人(牛)はいいかげん疲れてるだろうし、難産で私たちの手に負えないようなことになったらどうしよう、と心配が募るばかり。

7時をまわった頃、ひとつ上の放牧地で木こり仕事(もうやってます)をしていたJおじさんからメッセージが :

『いきみ始めたで。』

急いで見に行くと、いちまは立ったままで、特にいきんでもいなかったけど、歩き回るのはやめてました。産道から白いもの(子牛の爪)が少しだけ見えていたけれど、それが前足(正常)なのか、後ろ足(逆子)なのか、判断できませんでした。

もう少ししたら、また見に来よう、と30分位で戻ると、

いちまは、子牛を舐めてるところでした。

なに、あの大騒ぎは!と思ったけれど、安産だったから良いとしましょう。だいたい、あのいちまが難産なんてありえない。マルキーズの子ですから。今回5産目でいつも安産。それに今まで人工授精のストローを1本も無駄にしたことがない優秀な牛です。

その繁殖能力は、長女、次女(あとは2頭は去勢)にも受け継がれて、どちらも今のところ安産で、ストロー1本で子牛一頭産んでます。

こんなに優秀な牛なんだけど、性格がちょっとね。背がずば抜けて高いせいか、偉そうにして、自分が先頭でないと気にくわないたちです。ほんとは、姉のげんきが怖くて、頭が上がらないんだけど。

いちま姐さんの誇らしげな姿をご覧ください。子牛は、母譲りの脚の長〜い男の子です。

Ichima 190413

その次の日、いちまと同じ日に人工授精した次女、みよこ、が知らないうちに出産していて、大あわて。

午後4時ごろ見に行ったときはふつうにしていたのに、8時に念のためもう一度見に行ったら、小さい子牛がみよこのおっぱい飲んでました。ちょうど暗くなる頃は、牛たち、特に若い子たちが興奮しやすい時間で大騒ぎになったけど、どうにか母子を群れから離して牛舎に入れることができました。

放牧地から出してもらえず、抗議する他の牛たちの先頭に立ってブーブー言ってたのは、あの小さな小さなペプシーでした。末恐ろしい子です。
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想像していたよりずっと軽かったももたろうくん

Momo 190312

とうとうお肉になってしまった、あの“ももたろう“くん。出発時の写真です。(角と耳標ぐらいしか見えないけれど。)

ジョンさんち牧場までお迎えに行った時も、もうほとんど日が暮れかけていて、結局良い写真が撮れませんでした。

Jおじさんの左手は日に日に良くなって来てはいるけれど、ロープを握ったりはまだできないので、出荷柵に入れてトレーラーに乗せるのに、暴れられたらどうしようか心配だったけど、さすがももたろうくん。大きな体でも始終おとなしく、全てスムーズに運びました。

上の写真のトレーラーに乗せる時など、牛舎の扉を開けたら数秒で乗り込んでくれました。

去勢牛でも性格はそれぞれだけど、こんなに良い子をお肉にするのはもったいない、といつも思います。神経質だったり、人間を信頼しない牛の場合は、お肉の方が好き、と言い切れるのに。

1月にお肉になったマックスくんは、ももたろうくんより若くて、だいたい同じ位の大きさで、枝肉重量 388,7キロだったので、今回は400キロを超えるぞ〜、と覚悟していたら・・・、

362,2 キロ。

番号の見まちがいじゃない?と疑ってしまうような結果でした。

私はももくんをジョンさんちから連れてくる時、お尻を押しながら、
『うわ〜、でか〜!』と思ったのに。

等級も、きっと“R“だと信じてたけど、一つ下の“O“!?
“O3“の“3“は良いとしても、牛はほんとに枝肉にしてみないとわからないものです。

ということで、予想より少ない販売数(21箱)で、すでに売り切れ。ありがとうございます。次回の販売(多分7月のはじめ)まで待っていただくお客様。ごめんなさいね。

最近は、アルモリカンも含めた牛肉の生産者直売がさかんで、競争も激しくなっていて、今までのようには売れなくなる日が来るかも知れない、と心構えはしているものの、やっぱり全部売れるとうれしいです。

明日は、Jおじさんが業者さんまでタン、ほほ肉、レバー、ハツ、マメなどを取りに行く日。それを食べてみると、だいたいどんなお肉になるかわかるので、今からワクワク、ドキドキしています。

ちっちゃなちっちゃな女の子

予定通り、雨と風が続くボラン農場です。

その間に、予定より9日早く、こんなのが生まれてます。

Peps 190310

お天気が悪かったので、生まれた日からずっと牛舎にいたけれど、今日やっとお外に。お外の方が健康的だけど、しょっちゅう放牧地から脱走して来るので、追っかけるのが大変。

ほんとに元気な子で、“ペプシー“と命名。今年は“P“の年で、語尾はママと同じ“Y“です。

ママのルーシーは、去年の3月は残念ながら死産だったので、今回は無事に産めるのか、ちょっと心配でした。それが、数日前に兆候があったにしても、警戒態勢を取る前に生まれてくれて、余計な心配をせずにすみました。

生まれるほんの2~3時間前、ルーシーはお外でみんなといっしょに、ごくフツーに草を食べていました。

お昼になって、みんな牛舎にごはんを食べに来たのに、ルーシーの姿が見えません。いつもなら、3番手ぐらいにうれしそうに牛舎に入ってくる子が。

まさか、と思って放牧地を見に行くと、北側では牛舎から一番遠いところに立っていて、足元には赤いお荷物が。その日はけっこう寒かったので、大丈夫かな、と思って見ると、ちっちゃなちっちゃな子牛の毛は、もうほとんど乾いていました。ほんと、いったいいつ産んだんや?と思うほど安産だったようです。

そのちっちゃなちっちゃな子牛(胸囲70センチ)は、そのあとママといっしょに、はるか遠い牛舎まで元気に歩いて来ました。

ルーシーは、アルモリカン牛のスタンダードとは全然違うけど、私にしたらボラン農場で一番の牛です。その牛がこんなに良い子牛を産んでくれて、やっぱり私はまちがってなかった?

晴天続くもJおじさん故障休場

Parc M2 201902

あのぉ〜、今まだ2月なんですけど・・・、って言いたくなるようなぽかぽか陽気が続くボラン農場です。

ほんと、北風ピューピューの冬の晴天、ではなくて、まるで春。鳥は朝からうるさいほど鳴くし、ひなぎくも咲くし、ハエも出てきたし・・・。日中は気温が20℃近くまで上がるのは、やっぱり異常でしょう。

やっとお天気が良くなったので、Jおじさんはいよいよ木こり作業。牧草地にはじゃまになる木の枝がたくさんあるので、それを切って再来年用の薪にします。

Jおじさん、はしごを使って高いところに登るので、危ないな、と心配してたら、地上で細い枝を短く切っている時に、チェーンソーが跳んで左手を切ってしまいました。

土曜日で、かかりつけの先生はお休みだし、どっちみち開業医さんはケガの処置はしてくれないし、近所の看護師さんに来てもらっても傷が深くて対応できないだろうし、救急病院に行くことに。

一瞬、どこに行こうか迷ったけれど、とにかく一番近いところを目指して走りました。

近いと言っても、距離は短いけれど、細い田舎道ばかりで、45分かかります。次に近いところも45分くらいで行けるけど、そこもあまり評判が良くないのであえて行かず、この辺りでは最悪と言われている隣の県の病院を選んだわけです。

その病院に駆けつける車の中で、Jおじさんも言ってたけど、緊急時の病院の遠さをしみじみと感じました。大きな町に住んでると、すぐ近くに公立の病院があって、こんなに時間がかからないのに・・・。

緊急時は、こちらでは公立病院の救急科しかありません。開業医さんに連絡しても、救急病院に行け、と言われるだけです。だから、救急科のある病院は急患であふれ、待ち時間が非常に長い、と問題になっています。

私立の病院もあるけれど、急患の対応はしてくれません。実際にあった話 : 県で一番立派な私立病院に入院している知り合いのお見舞いに行って、帰りに病院を出たところ(病院の玄関前)で転んで、顔を強く打った。顔なので派手に出血してます。それを見た病院の受付の人が、『どこか薬局へ行って、手当てしてもらった方がいいですよ。』

その病院では何もしてくれないんです。

さて、話をJおじさんに戻して、さすが評判の悪い病院です。救急科はガラガラで、すぐに診てもらえたけれど、さんざん待たされたあげく、当直の外科医と連絡が取れず、土曜日は一旦家に帰されました。

牛舎で食事中の牛たちをつないだまま家を出たので、私は早く帰りたくて気が気ではなかったけど、みんな何事もなかったようにごはんを食べ終えているところで、ホッと一安心。

で、もう牛たちを放牧地に帰す時間なんだけど・・・・、Jおじさんは左手が使えません。ということは(車の運転はできても)、牛の首のチェーンを外すことができない?!

ということで、牛の世話は全て私の仕事になりました。草架に乾草を入れて、牛たちを呼んで来て(これは今までもやってた)、つないで、食べ終わったら外に出して、掃除をして・・・と全部です。それに、おんまさんたちのごはんもあるし。

いえ、私にできればそれに越したことはないのですが、ジョンさん牧場にいる去勢くんたちの世話は、私にはできません。

以前から、いつ何時何が起こるかわからないから、Jおじさんにしかできないことがあっては困る、と感じていました。それが今回、現実となり、これではいけないのをJおじさんも理解してくれた、と思います。これからは、私一人でもやって行けるボラン農場にして行かないと、と大きな課題ができました。

さて、翌日の日曜日、外科医さんが見つかって、手術を受けたJおじさん。心配された傷の化膿もなく、2ヶ月もすれば完治しそうです。リハビリもすぐに始め、少しずつ指が動かせるようになって来ています。

せっかくいいお天気なのに、木こり作業も何もできない、とぼやくけど、それは自業自得でしょう。チェーンソーは、必ず両手で持つもの。軽くて片手で持てる機種は、事故が起きやすくて危ない、って自分で言ってたのに。

このぽかぽか陽気ももう数日で終わり。また、雨ばっかりになりそうだけど、その間に、新しいボラン農場の構想でも練ることにします。

雪なし雨、たまに晴れ : マックスくんの結果

Vaches 20190203

天気予報が外れまくって、今朝は青空が。でも、ほとんど毎日雨、またはにわか雨のボラン農場です。

昨日、とつぜん豆まきの音が聞こえて、あれっ、節分って今日だっけ?、と一瞬思ったら、あられでした。雪も少しは降ったけれど、すぐ雨に。どうも予想ほど気温が下がらないようです。

さて、先日(と言ってもかれこれ1ヶ月)出発したマックスくんの結果です。

枝肉重量 388.7キロ、等級 O+3(日本だと C3 ?)

おいおい、33ヶ月でほとんど400キロなんて、どうする? マックスくんより若干大きかった36ヶ月のももくんは、400キロを軽く越してる?

今まで、去勢は36ヶ月で400キロが目安だったけど、みんなもっと早く大きくなるような気がします。なんか、次回が心配・・・。

マックスくんの枝肉は、2週間と畜場の冷蔵庫に吊るしておいてもらって、1月下旬に無事パリのレストランに到着しました。

Quinsouさんの方は、その週の土曜日、Facebook でヒレ(あんまりサシ入ってない)の写真に『今晩限定、走れ!』と。

Les Résisitantsさんからは『想定外の事態』と。

売れ過ぎて、もう今週中に半頭分終わっちゃうそうです。(パリにいらっしゃる方、お急ぎください。)

Les Résisitantsさんでは、サービスの方たちもその日使う食材のことはよく知っていて、ボラン農場のアルモリカン牛もお客様に上手にお勧めしてくださっているようで、本当にありがたいです。

今回マックスくんのパリ行きを実現させるため、何から何まで全てお膳立てしてくださった Les Résistantsさんには感謝の気持ちばかりです。

私たちは、マックスくんをと畜場に連れて行くだけだったけれど、そのあとが大変だったんですよ。お肉屋さんを通さないので、箱入りで発送するしかなく、そのためにどんな分け方をするか、と畜場と細かく打ち合わせる必要がありました。それにパリまでの冷蔵輸送の手配。今回は、初めて試験的にやってみたので、それはそれは膨大な時間と手間がかかっています。

シェフたちが腕を振るって、おいしいおいしいお料理になったボラン農場のアルモリカン牛。Jおじさんは、パリまで食べに行く、って言ってたのに、もう遅いわ。また今度、牛たちが完全放牧で牛舎に来ない時にね、ということに。

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