ボラン農場の牛たち

アルモリカの小さな村からアルモリカンArmoricaine牛たちのお話をお届けします。

おたんじょ~

夜中に牛が騒いでいたので,もしかしたら と思い、見に行きました,1時を過ぎていました。こういう時、起きて見に行くのはいつもおかあさんです。牛たちは 私たちのいる小屋のすぐ横です。

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(よくわかるように,ボラン農場の案内図を入れました。クリックしていただくと大きくなるはずです。)

昨日少し晴れはじめた霧がまた濃くなっていました。懐中電灯で照らしても真っ白で すぐ目の前しか見えません。牧草地の入り口から遠くないところで,こんな時間だというのに、一年生ほとんど全員と数頭の母牛が集会をしていました。

よく見ると,その真ん中にべちゃべちゃの子牛が落ちていて,母牛がいっしょうけんめいそれをなめています。白の斑がない牛だから,きっとユーチカです。いったいなんで よりによってみんなのいるところで産んだのかよくわかりませんが,ユーチカは 遠慮なしに見に来る他の牛から自分の子牛を守るのに必死でした。

子牛は元気そうで、お母さんがなめるとしきりに頭を動かしていました。母子とも大丈夫そうなので,朝になるまでそっとしておくことにしました。(どうせ,おとうさんは起きてくれませんから。)

そして、今朝 少し明るくなるのを待って(8時半ごろ)子牛を見に行きました。生まれた場所からかなり離れたところにいたので,ちゃんと歩けるのは確かです。体が大きいからオスかな、しっかりおっぱい吸ってるからメスかな、と興味津々です。すると,そこにブルータス君が来て子牛のにおいをかごうとしたら,見事にユーチカにぶっ飛ばされてしまいました。私もそうならないうちに退散しました。

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子牛はメスでした。4052番,名前はベラ - ベラドーナを省略しました。(ホメオパシー系です。)となりはお母さんと思うでしょう。これは となりのおばさん,ユプサです。ベラのお母さんは 反対側です。お産で疲れたのか,みっともない格好で眠りこけています。

きょうはまた一段とお天気が悪く、南風が強く雨が降っています。ベラとお母さんは今日から数日牛舎で過ごします。その間にベラと仲良しになれればいいのですが。

さて,ユゴリンは相変わらずです。早くしないと,子牛が大きくなってしまうのに。また,斜面に連れて行って無理やり運動させてやろうかとかマジメに考えてしまいます。

PS : おかずが勇敢に働いている写真を《バイバイおかず》に付け加えました。(大きすぎる写真を小さくする裏技を見つけたので。)本人の名誉のために,一人だったらちゃんと仕事をしていた証拠写真です。
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子牛の名前

今日で霧は3日目です。朝から晩まで霧に包まれたままで、車で出かけるのはひかえています。今朝は気温が1℃でした。少し暖かく感じます。
ユゴリンの方も全く進展がありません。ユゴリンより4日あとに種付けした(うちでは全員人工授精)ユーチカの方がどうも先になりそうです。ユーチカは去年の初産の時もあっという間だったので 心配ありません。待ってる間に子牛の名前でも考えようと思います。子牛は生まれてから一週間以内に登録しないといけないので,生まれたけど良い名前が浮ばないとか,Jと私の意見が合わないとか、なかなか決められなくて、時間切れ直前に辞書をひっぱり出してああでもない,こうでもない ということがよくあります。牛の名前はアルファベット順で決められた頭文字を使うようになっています。今年、2006年は “B”の年です。牛 と言いましたが他の動物も同じシステムです。犬は牛と同じく今年は“B”、馬は “T”のはずです。馬は良く知りませんが,牛や犬の場合 K - Q - W - X - Y - Z は使いません。ということで,今年生れに ベルナデット,ビオ(みよちゃんの本名です。Jが付けたのですが,耳ざわりが良くなので“みよ”と呼びます。)、ブルータス(愛称ミッキー),ボラン がいます。ボラン君は もしかしたら将来 人工授精の種牛になるかも知れないので,特別いい名前を付けました。でも,ユーチカ(Uですが“う”ではなくて“ゆ”)がもし雄牛を生むと,同じく種牛候補になるので、Jは “ボラン2”と名付けるつもりです。私は子牛たちの教育上まぎらわしい名前は反対です。反対するだけではいけないので,良い名前を探しています。こうやってアルファベット順で名前を付けるとたしかに便利です。名前で歳がわかりますから。Iの“イッジー”は13才。犬の“りんりん”はLで11才,Mの“マルキーズ”は1才年下。Tの年にはみんな日本語の名(つぼみ,たたみ,たま,たんぽぽ)を付けました。馬の“おかず”もこの年でした。では,もし登録のとき、その年の頭文字以外の名前を付けたらどうなるか。Jがルール違反をしたことがあるので知っています。

昔,ボラン農場に“ジュリー”という それはそれはきれいで,人間が大好きな牛(フロマン・デュ・レオンという種類の乳牛)がおりました。あまりにも立派な牛だったので,パリの農業サロン行きのお声がかかったほどです。でも,生むのはいつもオスばかり。あれは“R”の年でした。ジュリーがもうそろそろ生みそうだったので、牧草地まで見に行きました。すると,私の目の前を子牛がよちよち横切って行ったのです。あっ,もう生まれた。でも,保護者は何をしてるの と思って探したら。。。ジュリーはもう一頭の子牛の横に座っていました。双子だったのです。走り回っているのがメス,草に上に落ちているのがオスでした。ジュリーは乳牛にくせにおっぱいが小さくて,二人分のミルクが出るとは思えません。それに,待ちに待ったメスが生まれたけど,オスと双子の場合は男性ホルモンがメスにも行くので,メスはほとんどの場合子供ができません。Jはたいそうお怒りでした。私は “ローズマリー”と“ロナルド”ね っと言ったのですが,登録したのはJです。子牛の名前欄に “カカ”と“ブダン”と記入したらしいのです。(Rではなく。)ご存知の方,お許しください。《カカ ブダン》というのは4才児が悪態をつく時に使う、わるーい言葉です。数日後、子牛たちの登録証書《パスポート》が届きました。それぞれのパスポートに子牛の名前 “カカ”と“ブダン”がしっかり記入してありました。

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待ちぼうけ

昨日の夕方もうすでに気温が0℃まで下がったので,明日の朝は寒くなるぞと思ったのですが,今朝も0℃のままで霧が出ています。高台にあるここ(標高270メートル)でこれだけの霧だから,下の平地ではかなり濃いはずです。今日はクリスマスの祭日なので,出かける必要がなくて ああ,良かった。

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これは食堂のドアが開くのを並んで待っている一年生たちです。待ちぼうけはこの子たちではなく ユゴリンのお産を待っている私たちです。
ふつううちでは牛のお産に2つのパターンがあります。
パターン1 - 朝(べつにいつでも良い)牛を見に牧草地に行ったら,牛の横に茶色いものが落ちている。良く見たら,生まれたばかりの子牛。
パターン2 - 牧草地に行って、牛の数を数えてみたら,一頭多い。良く見たら,生まれたばかりの子牛がかけまわっている。
去年はユーチカとたまが 真っ昼間、食堂でごはんを食べているうちに産気づいて、あわてて外に出した ということがありましたが(お産のときは歩きまわるので)一時間もしないうちに無事に生まれていました。要するに,いつも超安産なのです。
ところが、50回もお産があると、例外が出てきます。去年のユゴリンがそうでした。もう,予定日をとっくに過ぎているにお腹が下がってこず,全くお産の前兆がなかったので,油断しすぎました。朝,偶然 牛たちのいる牧草地の方へ行ったら,牛が一頭泣いているではありませんか。まさかと思って牛のいるところまで下りて行ったら,やっぱりユゴリンでした。ひとりぼっちで、一番下の土手ぞい、木の下で泣いていました。おしりを見ると子牛の蹄らしきものが。気を落ち着けて,正常に頭から出てきているのか,逆子か考えました。蹄の底が下を向いているのは前足で、正常です。それを確認して,Jに知らせに走りました。Jは 逆子ではないからそのうち自然に生まれるだろうと言うのですが、私は心配なので、ユゴリンに付いておくことにしました。ユゴリンは土手沿いを歩きながら,陣痛が強くなると座って(横になって)息んで,少し楽になると立ち上がることを繰り返しました。息むたびに大声で泣くので、かわいそうでたまりませんでした。今まで私が見たお産の瞬間は いつも母牛が立った状態だったので,ユゴリンが横になった時にしか息まないのが不思議でした。そのうち陣痛がひどくなり、子牛の前脚が全部で出て鼻の先まで見えるのに どうしても目のところでつかえてしまいます。ユゴリンはすごい声をあげるし,こりゃアカン と思いました。いったいいつからお産がはじまったのかもわかりません。その時はまだ子牛は息をしていました。私はJを呼びに行きました。牛飼いとしておはずかしいのですが,それまで一度も難産に立ち会ったことがないので,子牛の引っぱり方など知りません。私の大切な教科書《子とり和牛上手な飼い方育て方》という本に書いてあるのですが,獣医さんに来てもらうのが無難だろう ということになりました。ありがたいことに,獣医さんは30分もしないうちに来てくれました。ロープを用意して,Jといっしょユゴリンのところへ。私は怖くて行けませんでした。子牛は引っぱると難なく出てきたそうです。でも,手遅れで息を吹き返しませんでした。ごめんね,ユゴリン。私たちが無知なせいで子牛を死なせてしまって。その子牛はアリスと名付けるつもりでした。死んだ子牛はやっばり牝牛でした。それに、その日は12月16日聖アリスの日でした。
ユゴリン,今年は安心して大丈夫だよ。獣医さんに教えてもらったから。ロープも2本用意してあるし。

ジョンさんちで大捕り物

今朝も気温は氷点下1度でしたが,牛の飲み水は凍っていませんでした。おけ(でいいのでしょうか)がもうほとんど空になっていたので ホースで満タンにしました。今、牛たちのいる区画は建物のすぐ横なので何かと便利です。もうそろそろユゴリンに子牛を生んでもらいたいので 時々見に行っています。

さて,ビタミン出発のお話の続きです。
[前回のあらすじ]若い牝牛ビタミンをトラックに乗せようとしたら,すでに乗っていたよその知らない牛3頭が いきなりトラックから飛び出し,柵をぶっ飛ばして牧草地を大暴走。うちの牛たちもいっしょです。逃げた牛たちをトラックに戻そうと追いかけているうちに夜になりました。こうして,その夜は よその知らない牛たちもおとなしく羊飼いのジョンさんちにいてもらうことにしました。

次の日も私たちは いったいどうやってよその知らない牛たちを捕まえたらいいのか 頭を悩ませていました。とにかく、まず 昨日めちゃめちゃにされた出荷柵の前の小さな囲いの柵の修理です。次に 牛たちがいる牧草地から囲いに入れるための通路を作りました。全員まっすぐ囲いに入ってもらわないと,一頭でも囲いの向う側にいたりすると、みんなが行きたがって また柵を壊すことになりかねません。通路の片側は電線が一本だけです。そこで暴走させたら,止めるのは無理です。牛はまた 単独で行動できない動物ですから 全員いっしょに移動させないとうまく行きません。でも、ここジョンさんちには うちのが全部で11頭、プラスよそのが3頭と多人数です。その囲いの出入り口も電線一本で閉めているだけなので,逆走されたら簡単に飛んでしまいます。これがゲームだとしたらこんな感じになります。
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昨日、ビタミンを出荷柵に入れようとしてやったのが《レベル2》です。それほど簡単ではないのですが、運良く成功しました。問題なのはこのグループにはリーダーがいないことなんです。普通,角が一番長い=一番年上の牛がリーダーになります。この場合,マルキーズが一番痛そうな角をしていて、年も上なのですが,性格がアウトサイダーなのでリーダーにはなりたがりません。《レベル1》は立派なリーダー,イッジーがいる場合の例です。あとは従順な子牛ばかりだったとしたら,もう簡単です。ところが今日のは《レベル10》。本当にこんなことができるのかもわかりません。
準備ができました。昨日の約束で,今日うまく行かなくても 最低限ビタミンだけは連れて行ってくれるということだったので とにかくビタミンを出荷柵に入れることから始めました。非常時には秘密兵器です。挽いた燕麦(大麦がなかったので)の入ったバケツを持ってビタミンと数頭の牛を釣りに行きました。うまい具合にビタミンがたまとユプサといっしょに牧草地から通路に入って来ました。他の牛が来ないように柵(電線のみ)を閉め切りました。一度は3頭とも出荷柵の中に入りそうだったのですが,ビタミンだけが逆走して他の仲間のところに戻ってしまいました(こういう時って怒りで『こんな牛食べてやる』と思います)。ビタミンにつられてユプサも。たまだけは柵の中で無心に燕麦を食べていました。たまがこんなに食いしん坊だとは知りませんでした。そこでたまを柵につないでおとりにして,幸い牧草地には戻らずまだ通路にいたビタミンとユプサを捕まえて,全員つないで一段落。これで最低限は確保できました。その時はもうほとんどお昼でした。さあ,どうしましょう。Jが『どうせ母牛たちはうち(ボラン農場)に戻さないといけないから,トレーラーさえあればこのまま連れて帰って,ここは空にしてからよその牛を追いかけたのになぁ。』と言いました。でも,うちにはトレーラー(家畜運搬用)はありません。先回は友達に無理を言って貸してもらったのですが,その友達はけっこう遠くに住んでいるので今すぐはダメです。と、途方に暮れていたら,私の目が遠くに見える隣の農家にとまりました。『(関西弁です)あそこの農家ってけっこう大きいやん。トレーラーぐらい持ってんのちゃう。貸してくれへんかなぁ。』Jはすぐにジョンさんに聞きに行きました。Jが15分ほどして笑顔で戻って来ました。たしかにお隣さんはトレーラーを持っていて,とても親切な人だから貸してくれるはずと ジョンさんがお隣さんに電話で事情を説明してくれて,すぐに取りに来ていいと言ってくれた と。もう,地獄で仏様に出会ったようなものです。Jはすぐにトラクターに乗ってトレーラーを借りに行きました。私は Jが戻って来るを待っていました。するとトラックが一台、すぐ横の道路からガタガタと音をさせてこちらに突進してくるではありませんか。昨日の運転手さんです。午後 って言ってたのにもう来てくれたのです。やっぱり,すごく気になっていたようです。それで,私たちのプランを説明したら,快く賛成してくれました。私は『そんなことしていたら、日が暮れてしまう。』と反対されるのではないかと思っていたので ホッとしました。そして,Jが4頭は楽に乗せられそうな大きなトレーラーを引いて戻って来ました。ビタミンはトラックに,たまとユプサをトレーラーに乗せて,またもう一度、だれでもいいからうちの牛を釣ってトレーラーに乗せることにしました。今度来たのは ユーチカ,バルダと去勢牛4頭(全員)です。そうして,トレーラーにユーチカとバルダを乗せて,総勢4頭をボラン農場に配達です。その間に ジョンさんちに助っ人が駆けつけてくれていました。牛肉処理会社の社長さん(運転手さんのボス)と営業さんです。会社としても,牛が逃げたことは大問題であり,運転手さんだけに責任を着せるわけにはいかない と応援に来てくれたのです。これだけの人数がいれば心強いです。さっそく,去勢牛の3頭をトレーラーに乗せ,一番大きい一頭をおとりにして いよいよ大捕り物です。
牧草地にまだ残っているのは,よその3頭とユゴリン,マルキーズです。ユゴリンは呼べば来る良い子だし,マルキーズはたぐいまれな食いしん坊。私が じつはもうみんなに食べられてしまって空のバケツを見せると,案の定ついて来ました。2頭ともそのまままっすぐ出荷柵の中に。その後ろからついて来たよその3頭も そのまた後ろを歩いていた業者さんたちに押されて しぶしぶ柵の中に。後ろの扉が閉まると,全員同時に『ほっ!』。あの時の不思議な気持ちは忘れられません。私たちの勝利です。みんなで力を合わせて,それも落ち着いて,静かにやったおかげで。みんなが私たちのやり方を尊重してくれて いっしょに成功したことがうれしくてたまりません。
あとは 運転手さんがよその3頭を脅して,トラックに乗せました。まだ、4時を回ったところでした。運転手さんも私たちもお昼ぬきだったけど,上機嫌でした。こうして,トラックの中でさんざん待たされたビタミンも,一日遅れで出発しました。母牛たちもトレーラーが借りられたおかげでポラン農場に戻ったし,ころんだけれどただでは起きなかったところが自慢です。

ビタミンのご帰還

ビタミンというのは 2週間前までうちにいた2才9ヵ月の牝牛です。どこも異常はないのにどうしても種が付かず お肉にすることにしました。(こういうの私としたら内心複雑なのですが。種が付かないのは食べる。じゃあ、私は。。。)それで昨日は 真空包装され,15個の箱に詰められたビタミンがうちに戻って来ました。こういう場合『あぁビタミンちゃん,変わり果てた姿になって。。。』とか思うべきなのでしょうが、一見かわいかったビタミンは 自分より小さい子たちには意地悪だったので 私たちはこの方が好きです。
お肉の詰合せ

ビタミンの場合,枝肉で271キロ,歩留りが56パーセント(あまり良くない)、152キロのお肉ができました。そして,全部の部位を公平に15分の一にして約10キロずつ箱詰めにしたのを 私たちが直接販売するのです。だから,昨日も今日もお肉を取りに来てくださるお客様がひっきりなしです。せっかく来てくださるのに,まともなおもてなしができなくて申し訳ないのですが。まだ,家が建たなくて 仮住まいなもので。(家ができたら,最高級のおもてなしをと思っています。)
今日はビタミンがトラックに乗せられて行った時のことをお話ししたいと思います。(この話がしたくてうずうずしていました。)

ビタミンはこの日 他の母牛たちや去勢牛たちといっしょに 借りているよその農場にいました。- “よその農場”ではおもしろくないので《羊飼いのジョンさんち》とします。いつもそこは去勢牛だけなのですが,この秋 ボラン農場の草が足りなくなったので,まだまだたくさん草のあったジョンさんちに母牛たちを連れて行ったのです。子牛たちは もう大きくなっていたので離乳させるためボラン農場に残しました。
さて,トラックが夕方5時に来る予定だったので,早めにビタミンを出荷用の柵に入れました。トラックは 前の家で牛を乗せるのに手間取った(人を見たことがない牛で大変なパニックになった)ため30分ほど遅れて着きました。その時,もう日が暮れかけていました。あとは絵で説明します。
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その時は もうほとんど暗くなっていたので よその牛が柵に突っ込む度に電気の火花が飛び散るのが見えました。いくら追いかけても柵を壊して逃げてしまうだけなので,今日はもうやめようということになりました。トラックの運転手さんは明日の午後来ると言って,トラックの中でおとなしくしていた子牛を大急ぎて屠殺場に連れて行きました。残されたJは 牛たち(うちのとよその)がジョンさんちから出て行って,まわりの森に逃げてしまわないように柵の修理を始めました。

さあ,ボラン農場始まって以来の大問題です。人間に慣れていない野生の牛をうちの牛と分けて,トラックに乗せるなんて できっこないです。電気が通っていても柵を壊してしまう手ごわい相手ですから。じゃあ,鉄砲で麻酔をかけて眠らせて、トラクターで運ぶとか、その晩はいろいろ考えて眠れないほどでした。
この続きはまた明日。(長くなってしまうので。)

とうとう冬が来ました

今朝はこの冬はじめて気温がマイナス1度まで下がりました。いつもならもうとっくに寒くなっているはずですが,今年は今まで楽してました。まず,朝一番 牛のいる牧草地に行って来ました。飲み水が凍っているかも知れないので。600リッター入る金属製のおけ(これ日本語でなんと言うのでしょうか。)ですが、やっぱり氷が張っていました。この気温だと,ほんの数ミリ程度の氷だろうと思って棒でたたいて水の中に落としたら けっこう厚くて,しまった、取り出すべきだったと思いました。こんな寒い日,氷の入った水を飲ませるのは動物虐待でしょう。 馬の水はシャーベット状だったのでそのままにしました。
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寒さが来るとお天気は良くなります(もしかしたら逆?)。なので,昨日の夜洗濯してあった洗濯物を干しました。あたたかいお日さまと風になびく洗濯物。なんか幸せを感じます。特に、土手の向こうから馬がこちらを見てたりするとよけいに。(リュチックもポポットもおかずがいなくなったのに、探しもしないし全く平気みたいです。見かけだけかも知れませんが。)

バイバイおかず

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今日、とうとうおかず君が行ってしまいました。おかず君はブルトン種の馬です。乗馬の馬ではなくて(乗らせてくれないわけではありませんが)農耕用の馬です。買われて行った先が この地方で名の知れた馬(およびポニー,ロバ,牛)の調教師、Mさんのところなので安心ですが、でもやっぱりさびしいです。ずっと前から 馬3頭は多すぎるので,リュチック(母),おかず(息子),ポポット(娘で末っ子)のうち一頭は売らないといけないとは思っていたのですが,だれを犠牲にするか なかなか決められなかったのです。

ところが、先日 決定的なことがありました。牧草地の一区画にシダ類がはびこって、草が少なくなってしまったので J(夫)はそこに犂を入れてシダの根を引き出してしまってから牧草の種を撒くつもりでした。そのために、ほとんど新品の犂(馬用です)を買ってありました。リュチックもおかずもはじめて2頭で作業をすることになるので,あらかじめ訓練をして,犂を入れる前に草の根を散らすカルチベーターという農具を引かせてみてOKとなりました。さあ,いよいよ犂を入れる時です。犂はコンテストがあるほど、技術度が高いものです。土をひっくり返して作っていく畝がまっすぐでないと,ひっくり返せていない部分ができて 雑草だらけになってしまいます。まず,最初の畝を引いて,今度戻ってくる時は 右手の馬(うちの場合おかず)が畝の底を歩くようになっています。ところが,行きは完璧だったのですが,帰りがめちゃくちゃになってしまいました。初めてだから,犂もちゃんと調整できていないし,仕方ないことです。今は日も短いし,あわてずに毎日少しずつ と3回やったところ,全く進歩なし。行きはまあまあなのに、帰りはいつもひどいことになります。それでは仕事が進まないので,いったいどうなってるのか良く見てみたら,犯人がわかりました。おかずのしわざです。要するに,行きは畝の底を歩くリュチックが 犂とおかずをどんどん引っぱっていくので どうにか形が付くのですが,帰りは畝の底のおかずがなかなか進んでいかないので,しびれを切らしたリュチックがおかずの前を歩いてしまって、右にそれるのです。そうです。おかずはできるだけ楽をしたいなまけ者だったのです。お母さんは体が大きくて,働き者なので,ついついおかあさんをあてにするくせが付いてしまったようです。こういうくせは なかなか直りません。ということで,おかずの運命が決まりました。

今,こうして思い出してみると,おかずが生まれた時(2002年3月)はほんとに大変でした。

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私は当時ちゃんとした職があって,週末しか家に帰らなかったので,これはみんな聞いた話です。
夜中にリュチックのお産が始まったのに,なかなか生まれなくて,Jは獣医さんを呼びました。子馬を引っぱるのに数人集めよ という獣医さんの指示で 隣の(とは言っても車で行く距離です)F君を起こして来てもらいました。おかげで,子馬は呼吸できなくなる寸前でやっと生まれました。みんながやれやれと帰った後,Jが見ていても子馬はおっぱいを吸おうとしなかったのです。朝まで待って,友達のPYさんに聞いたら,すぐ見に来てくれました。PYさんはロバを飼っていて、毎年子ロバ(?)が生まれるので,こういうことはよく知っています。やっぱり,おかしいと言うことで,今度は 知り合いでブルトン馬を飼っている人やまたその知り合いで《おっぱいが飲めない子馬におっぱい飲ませる名人》という人を連れて来てくれました。やり方は 無理やり飲ましたら,子馬を寝かして休ませ,また無理やり飲ませる ということの繰り返しだったと記憶しています。そうして、夜になって ようやく子馬が少しずつ飲むようになった時,ふと気がつくと,お母さんの後産が出ていない。これは大変 とまた獣医さんを呼ぶことになりました。(また,時間外です。)幸い,お母さんのリュチックは おとなしくて少しもいやがらなかったので、時間はかかりましたが、無事にすみました。(獣医さんの支払いだけは大変でした。)こうやって、たくさんの人のおかげで大きくなれたおかずです。多少なまけ者だけど、しっかり調教してくれる人のところに行けて良かったと思います。

おっぱいを飲まなかったおかずの話の続きがあります。これは私が見たことです。金曜日の夜,私を駅まで迎えに来てくれたJが『家に着いたら また,子馬におっぱいを飲ませないといけないから手伝ってね。』とまじめな顔で言いました。私は 電話で話を聞いてたし,大変なんだなぁ と思いました。家に着いた時 私はまっすぐ馬のいる牛舎をのぞきに行きました。子馬の顔が見たかったので。そしたら,子馬は何をしていたと思います? はい,おっぱい吸ってました。もちろんひとりで。Jがそこに来たので言いました。『何か問題?』Jはもちろん呆気にとられてました。電話で話したことウソじゃないよ って。ただ,ひとつだけ気が付いたことがあります。子馬はおっぱいを吸う時 首を横に曲げます。Jは子牛の時のように 頭を下げて首を上に伸ばして吸わせていたそうです。かわいそうなおかず君。子牛といっしょにされて。だから,うまく飲めなかったんだよね。

冬の食堂オープン

母牛たちをよそに借りている牧草地に送ったり,馬の食べ残しの草が少し伸びた斜面に牛を放したり いろんな工夫をしたのですが,とうとうボラン農場の草は全部食べつくされてしまいました。なので,今日からいよいよ牛たちは冬の食堂でお食事です。今年は例年に比べて2週間ほど遅いオープンです。これは あくまでも食堂ですから,食べ終わったら外に放り出して,夜は外で寝てもらいます。(雪が積もればべつですが。)
さて,今日は 夜の間に降った雨も止んで良いお天気だったので,牛たちを斜面でひなたぼっこさせておいて,4時ごろになって牛たちを牛舎(食堂)に入れました。J(夫です)が、納屋から乾草を出していた間,そのにおいと雰囲気で 乾草を食べさせてもらえると察した牛たちは 早く食べさせろと モーモー言っていました(特に“たま”が)。そのわりには 牛たちを斜面からその上を沿う道に登らせて牛舎まで連れて行くのは けっこう手間がかかりました。そうして、牛たちが食堂に並んだ写真を撮りたかったのですが、みんなについて来るのをいやがったのボラン君(生後1ヶ月)のめんどうを見ている(追いかけている)うちに暗くなってしまいました。でも,ボラン君のお母さん“バランチーヌ”も無責任だと思います。自分だけさっさと食べに来て,息子がいないことに全く気がつかないなんて。
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これはあらかじめ各自をつなぐ席を決めた配置図です。去年からメンバーも替わり,これが今年の配置です。みんな自分の席はしっかり覚えいるので、後で変更したりすると大変です。自分の席に自分より下の牛がいたりすると,ぶっとばしますから。こうして,2-3日同じ位置につなぐと 後は間違えずに自分の席に付きます。まるで牛のサーカスのようです。

久しぶりにひなたぼっこ

今まで離ればなれだったお母さん組と子牛組が昨日合流して 今日はみんなでひなたぼっこ。かなり急な斜面ですが、どうにか座れます。20061217002949.jpg

昨日は劇的なご対面になると思っていたのに この2ヶ月程度の間に子牛たちもお母さんたちもお互いに忘れてしまったみたいで、ちょっとがっかりです。子牛たちは今まで子牛組の世話をしていた“イッジーばあちゃん”といっしょです。20061217002917.jpg
まあ、慣れるまでまだ少し時間がかかりそうです。(私も同じ。。。)

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