ボラン農場の牛たち

アルモリカの小さな村からアルモリカンArmoricaine牛たちのお話をお届けします。

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難しい選択

昨日から、また元の気温に戻りました。今朝は5℃でした。どんよりとしたお天気ですが、雨よりはまだましです。

昨日、お客様がありました。アルモリカン牛を飼っているお仲間です。今は アルモリカン牝牛(アルモリケヌ)がまだ一頭しかいなくて、もっと飼いたい と探している人たちです。前に、うちの母牛を売ってもいい と言ってあったので 家族で見に来ました。

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ボラン農場の母牛の定員は 8頭です。牛舎も放牧地も ちょうどそのサイズになっています。単純に計算して、毎年子牛が8頭生まれて、その半分がオスで、毎年4頭お肉になる というわけです。でも、それはあくまでも理論上です。今年は Vの年に生まれた雄牛がお肉になるはずなのですが、バリウム君一頭しかいません。A組は4頭いて、大丈夫だけれど、B組はボラン君がお肉にならないとすると、またブルータス君一頭だけです。

反対に、メスはいっぱいいます。来年になると子牛を産むはずの アーニカ(12月生れ)、ベルナデット、みよは 少なくも初産はうちで見届けたいし、それは ベラも、シュパも、コラも同じです。そうなると どうしても 今いる母牛たちを整理する必要があります。また、牛を売ったお金で、よそからオスの子牛を買わないといけません。

当面、3頭売ることを考えないといけません。別にすぐ ということではないのですが、希望者がいる時にタイミング良く売らないと、売れ残るおそれがあります。それで今、どの牛を売るか というのが話題になっています。

イッジーばあちゃん(もうすぐ14才)は もう年で、買ってくれる人などいません。それに、イッジーばあちゃんは 去年5月にブルータス君を生んで以来、まだ種付けさえしていません。今まで、あまりはっきりした発情がなくて、人工授精する機会を逃してしまいました。これから春にかけて、しっかり発情するのを待っています。うちの看板娘(看板牛?)マルキーズも今年11才になるし、性格がちょっと特殊なので、私たちのように慣れた人間でないと、きっと気が狂いそうになると思います。

Jの好みの牛は ユーチカとバランチーヌです。2頭とも背丈が135センチで まあまあ大きいし、デブになる傾向はありません。おっぱいも大きい方です。ユーチカは ちょっと臆病ですが、水が飲みたいとか、何か欲しいときには 私を見つめてやさしい声でお願いしてくれます。バランチーヌは 怖い物なしです。放牧しているところに人間が来ると、お得意のブルドーザースタイルで 頭を下げて近寄って来ます。みんな、攻撃されると思って驚きますが、本人は頭を掻いてもらいたいだけです。

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お客様に 私たちが一番売りたい牛はどれか と聞かれたのですが、答えることができませんでした。それぞれ特徴があって、あたりまえだけど 良いところと良くないところがあって、そう簡単に結論は出ません。それなので、私たちは お客様の気に入った、気の合いそうな牛を選んでもらうことにしています。大事なのは 買ってもらった牛が 新しい飼い主に喜んでもらえて、できるだけ長い間かわいがってもらうことですから。
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さむ~い

今朝はマイナス3℃でした。今までの気温が10℃位だったので、とても寒く感じます。お天気が良かったので、そろそろ林の枯れ草刈りをしようかな と思い、見に行きました。林の中とその周囲は急斜面なので、牛たちも馬も行かない農地外です。ついつい手入れを怠って、また元のジャングルに戻ってしまいます。それで、去年から 私が手入れの担当をする事になりました。林は私のお気に入りの場所です。岩を積んで盛り土にしてあったり、道がついていたり、見事な土手があったり、人間の手で造られた林です。

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小川まで下りて行くとこんな岩があります。林はこの岩の上に乗っかっています。見ると岩肌につららができていました。(写真ではよく見えないかも知れません。)岩は巨大で、その横を歩くと 下が空洞になっているような音がします。実は この岩に洞窟があって 昔々、人が住んでいた とか想像したいのですが、こんな寒くて 陽当たりの悪いところに住む人はいなかったと思います。せいぜい、宝物が隠してあるくらいでしょう。

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こんなに寒くて、子牛たちが心配になりますが、みんな元気にやっています。地面が凍るとすべるのを 体験学習しているところです。

ボラン農場のボラン君

今朝は 気温がマイナス1℃まで下がり、牛たちの飲み水に数ミリの氷が張っていました。夜の間晴れていたので、心配していた雪は積りませんでした。それどころか 10時頃になると なんと雨が降り出して、昨日 雪で大騒ぎした私がバカみたいです。でも、この近くで 一時雪が積ったところもあるんですよ。本当に。

今日は いつもより早く牛たちを牛舎に入れました。夜の間に草が生えるのか、いつも朝のうちは 牛たちはおとなしくしているので、12時になったら牛舎に入れて 牛たちが食べ始めたら、私たちもごはん というシステムです。今日は 10時に呼びに行ったら、みんなキョトンとした目で私を見つめていましたが、冗談ではない とすぐに理解して、こちらに向かって歩いて来てくれました。そしたら、どういうわけか ボラン君以外の子牛たちは 一斉におっぱいを飲み始め、お母さんたちは動けません。牛は 毎日同じことをするのを好みます。きっと、この時間帯は おっぱいタイムだったのでしょう。しょうがないので、子持ちではない牛たちから、つなぎ始めました。大事なことは バランチーヌとボラン君をつないでおくことだったのです。

今日は11時に 牛の個体識別(と言うのだと思います)管理をしているEDEという機関から 採血に来ることになっていました。目的は ボラン君が ラシーヌ(フランス古典の劇作家ではなくて、種雄牛の名前)の子であることの確認です。血液を採って DNAを調べるのだそうです。将来、ボラン君が種雄牛になるために クリアしないといけない第一段階です。

ボラン君が生まれたのは 去年の11月20日でした。私たちも 理論上 ボラン君が種雄牛候補になるのを知っていたので、こんな名前を付けました。でも、実際こうやって事が進みだすと、『やっぱりこの子は 人工授精センターに行くんだ。他の子みたいに去勢しないんだ。お肉にしないんだ。』と実感が湧いてきます。

最近、アルモリカン牛に関する新聞記事の切り抜きをもらいました。どの新聞かわかりませんが、きっとレンヌあたりの地方紙です。日付もありませんが、11月末頃だと思います。内容は 今年、新しくアルモリカン雄牛3頭が人工授精センターに入る というものですが、(それを アルモリカン牛を救おう というストーリーにしてあります。)その記事の最後のところなんです。ちょっと聞いてください。《・・・ 2006年に生まれたボランも 今後 精液採取される種雄牛だ。その父親の冷凍精液は 25回分、その母方の祖父のものは 17回分しか残っていない。》ヘェー、もう、決まってるの。なんて変な感心のしかたなんですけど、どうも ボラン君の特長は 遺伝子が残り少ないことらしいです

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おばあちゃんのマルキーズが 種雄牛づくりに参加し、残り少ない秘蔵の冷凍精液を使わせてもらうようになったのは もう5年も前のことでした。ところが マルキーズは立て続けに4頭メス(4頭目は“みよ”で父親は秘蔵ではない普通の牛)を産み、その子たちも 別の秘蔵種雄牛(ラシーヌ)をもらったのに、生まれたのは またもやメスばかり。そして、去年やっと生まれた雄牛が ボラン君です。

ボラン農場のボラン君。今2ヵ月で 下痢もせず順調に育っているし、見た目も決してぶさいくではありません。でも、本当にこの子で良いの と思ってしまいます。だって、写真は送ったけど、生まれてこのかた だれにも見てもらってないんですよ。それに どうも鼻に黒っぽい模様が入っているみたいだし。。。

すみません。あまり大したこともないニュースで。

来た~ 《お天気速報》

天気予報どおり寒くなってまいりました。〈今朝は1℃〉風向きも変わり、北東の風です。時々、北の地平線から黒い雲が上がり、雨ではなく雪が降って来ます。

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ニュースによると、フランスのもっと東の地方は 雪が積り、道路が閉鎖されたり、停電があったり 大変なようですが、ここは その正反対の位置にあるので、寒波はまだです。ブルターニュで雪が降っているのは 多分ここぐらいではないかと思います。(ぺんぎんさんとこ 雪降ってる?)

昨日、私は一日中 隣町で “いつまでも失業手当もらってないで、なんか仕事みつけなさい” という主旨の個別講習だった(昨日で良かった)ので 今日は その宿題をやっています。ですから、今日は 今年初めて雪が降ったご報告だけです。明日は ちょっとしたニュースがあります。
では、皆様ごきげんよう。

イノシシにご用心

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昨日の夜は 星がきれいだったのに、夜の間何回も雨が降り、初めて外で眠るシュパとコラが心配でした。朝になって見に行くと シュパは昨日の夕方のように 走りまわっていました。コラは 私を見るとすぐに来て、私の後を付いてまわりました。そしたら、コラのお母さん、ユプサが心配して、コラの後を付いて来ました。気温は2℃。お日様が出て、気持ちの良い朝でした。(でも、朝だけ。)

久しぶりのお天気で、ずっと見にいっていない南側の牧草地に 散歩に行きました。何回も強風が吹いたので、柵のワイヤに木の枝が引っ掛かっているかも知れません。

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ボラン農場で一番大きな区画、“大きな畑”と呼んでいるところの下の方に またイノシシが通った跡がありました。また と言うのは 何ヵ月か前、やはり同じ区画をイノシシにやられたことがあります。その時は 今日よりもずっと広範囲の被害を受けました。作物を壊されたわけではないので、大した損害はないにしても、うちで一番の牧草地を荒されるのは困ります。

イノシシの被害は 決まって狩猟解禁の時期です。猟師さんたちに追いかけられなければ、イノシシは ふつう森の中で静かに暮らしています。12月のことですが、夕方暗くなってから家に帰る途中 イノシシが一頭 私の車のすぐ前を横切りました。イノシシはいつも家族で行動します。一頭通り過ぎてしまったからと 油断していると まだ他のがいて、車と衝突することがあります。他に車は来ないし、一旦停止して待って見ました。

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あんなに丸々と太ったイノシシは 今までに見たことがありませんでした。一瞬、ブタかと思ったくらいです。きっと、食べ物が豊富なんでしょうね。

隣の芝生

毎日、毎日、同じような日が続いています。お天気は悪いし、シュパとコラは お母さんたちとまだ牛舎にいます。2頭とも 私たちに対する警戒心はゼロで めちゃめちゃかわいい子たちです。夜、他の牛たちが外に行ってしまったら、牛舎を駆け回っています。牛舎掃除のJが なかなか夕飯を食べに戻って来ないので『女の子たちと遊んでたんでしょ。』って言ったら、『うぅん、遊ばれてた。』ですって。

天気予報によると、来週から寒くなるそうなので、寒くなってしまわないうちに 子牛たちを外の気温に慣らすよう 今日から外に出すことにしました。そのために 今日は区画替えで また前に牛たちがいた 建物のすぐ横に戻ります。ふつうは 牛たちが一度いて きたなくなってしまった区画には何週間(何ヵ月?)も戻りません。でも、このところ雨ばかりで 牛が歩くところは ぐちゃぐちゃになってしまうので、全部の区画をダメにするより、建物から近い区画だけ集中してぐちゃぐちゃになっても良いことにしました。

ボラン農場は 土が深くないので、水はけが良い方ですが、よそはどうなのかな と思ったら 何のことはない。隣の芝生は青々としていました。

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建物に続く並木道の入り口から南側を見た景色です。一月も下旬になるのにこんなに緑です。土手の上に咲いているのは ハリエニシダの花です。うちにも いやになるほど生えていますが、毎年12月頃から花が咲き始めます。


シュパとコラは みんなと外に行きました。バルダもユプサも 子供たちを置き去りにして、さっさと行ってしまいましたが、子牛たちはしっかり私たちの後をついて 牧草地まで来ました。外に出られてうれしいのか 2頭とも ものすごいスピードで走り回っていました。電気の通ったワイヤを理解したかどうかわかりませんが、今晩は 疲れてぐっすり眠ると思います。

こねこねこのこ

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これは うちの猫 “カネル”です。なかなか機会がなく、ご紹介が遅れてしまいました。実は、この子の子猫もいるのですが、私たちにあいさつもせず 逃げるくせに、ごはんだけはしっかり食べに来る 野良猫根性の子です。そちらは “ガメル”(餌箱)という名前です。かわいくないので、紹介しません。

カネルもまた、もらい物です。前にいたお家は ご主人が病気で亡くなり、売りに出され 行き場がなくなってしまったのです。私たちは 猫はどこへでも行ってしまって、めんどうなことがあるといやなので、飼ったことはありませんでした。第一、りんりんが猫と仲良くなれるはずがありません。でも、カネルがあんまりかわいかったので、もらうことにしました。

カネルにとって 初めてうちに連れて来られた時の第一印象は ひどいものでした。車から降りたところで りんりんの攻撃にあい、Jの腕から逃げ出してしまったのです。あとは いくら呼んでも、戻って来ませんでした。何日もの間、全く姿を見せず、元の家に戻ってしまったのではないかとも思いましたが、10キロ近く離れたところで、そこにもいませんでした。ただ、カネル用のボールに入れた餌が 毎晩少し減っていたので、カネルがどこか近くに隠れていて、夜の間に食べに来ていることも考えられました。

もう、一週間以上経ったある日、私は菜園の中にあるコンポスト置き場に お茶の葉を捨てに行きました。すると、グレー系の三毛猫が 私が持っていたティーポットをのぞき込みに来たのです。ティーポットは 餌のボールと同じ色です。間違いなくカネルで きっとお腹がすいていたのでしょう。食べ物をやると おいしそうに食べ、私を信頼しても大丈夫だと判断したらしいです。それからは 少しずつ建物の近くに姿を現すようになり、納屋の3段重ねの乾草ロールの上が気に入ったようで そこに住み着きました。子猫のガメルを産んだのは うちに来てすぐのことだったのですが、カネルは ガメルをくわえて乾草ロールのてっぺんに連れて行きました。子猫のガメルは 降りて来ることができなかったので、Jがはしごで登って餌やりをしたこともありました。乾草がなくなった時も 地上1段目の最後のロールだけは猫用に残しておきました。今はまた この冬用の乾草ロールのてっぺんにいます。

猛犬りんりんには 犬だろうが 猫だろうが 人間の子供だろうが 何でも気に入りません。猫を見ると追いかけますが、猫が走っている時だけです。カネルは 全く恐がりではないので、りんりんを適当にあしらっています。いざとなると、“シーッ”と声を出して りんりんを脅し、引っ掻きます。見ていると、どうもカネルの方が上のようです。

性格もかわいいし、頭も良さそうなカネルですが、ある日こんなことがありました。
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満員御礼

朝から晩まで晴れた昨日とはうって変わって 今日はまた 霧のち雨のち曇です。ユプサは わざわざこんな日を選んで子牛を生んでくれました。種付けしてから すでに9ヶ月と2週間なので、一週間よけいです。子牛がお腹の中で大きくなりすぎると ろくなことはありません。子牛は心配していた通り 巨大児でした。

朝9時ごろ、私はバルダに水を飲ませていました。牛舎に泊まる牛がいる時 いつも私が朝の掃除をします。その時、すぐ近くの区画にいる牛の声が聞こえました。こういう場合、単に《ハラ減ったぁ》とか つまらないことで騒いでいるのか、それとも重大なことで叫んでいるのか すぐ感知できるのはおかあさんです。その声は後者でした。バルダの敷きわらを大まかに替えて、私は牛たちを見に行きました。

霧で牛たちがどこにいるのか すぐにはわかりませんでしたが、よく見ると下側の土手近くに牛が何頭か集まっていました。急いでそこまで行くと、白い袋に入った巨大な物体が地面に落ちていて、牛たちがそれを気味悪そうに見ています。その中心にユプサがいました。物体は苦しそうにもがいています。袋が顔にぴったり貼り付いていて、呼吸ができないのです。なぜ、ユプサはそれを取ってやらないのか 腹を立てているヒマはありません。私は牛たちを押しのけて、物体のところへ行き、袋を破ろうとしました。袋は丈夫でなかなか破れませんでしたが、ほんの小さな穴が開くと、爆発したようにちぎれて、子牛の顔が飛び出して来ました。よし、これで大丈夫。ユプサもようやく 自分で産んだ子牛をなめ始めました。それで、そこはお母さんに任せて、Jを呼びに行きました。家(小屋)まで歩きながらふと考えたのですが、さっきは子牛を救おうと必死で突進したれど、母牛にぶっ飛ばされる可能性もあったのです。ユプサだったから良かったけれど。。。

子牛は 体重が40キロと異常に大きく、脚が子馬のように長いメスです。よくこれが自然に生まれた と感心しています。でも、他の子牛に比べて、足がしっかりしていないし、おっぱい飲むのもへたです。大きければ良い というものではないのです。
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と言うことで、子牛のお誕生もこれで一段落です。おかげさまで 牛たちの食堂は満員になりました。子牛たちが通路にはみだして、牛舎の中を歩くのは大変です。子牛たちはこれからどんどん大きくなることだし、これ以上 もう一頭も入りません。次回はマルキーズで 4月上旬の予定ですが、幸い、4月には食堂はありません。
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最近生まれた子牛たちの名前を発表します。
バルダの子(メス)は “シュパ”。Chupa と書きます。“チュッパ・チャップス(ご存知でしょうか)”のことを このあたりではこう呼びます。
今日生まれた ユプサの子は “コラ”。Cola と書いて、“コカコーラ”の“コーラ”をこっち読みにしたものです。
2頭とも キャンディーのようにみんなに好かれる牛になってもらいたい という願いを込めてあります。

備えあれば。。。

今日もまたうっとうしいお天気です。朝から霧雨です。
今朝 Jがバケツを買いにコープ(農協)に行くと言うので,私もいっしょに行きました。昨日から冬のバーゲンが始まり,前から欲しかったフリースのベストが安くなっているかも と思って。(30%引きでした。)

11時半頃に家に戻り、大急ぎで Jは牛たちのえさ、私は自分たちのお昼ごはんの用意をしていました。この時間、牛たちは牧草地の入り口に集まって来て,口々にごはんのさいそくです。ふと見ると、バルダの姿が見えません。9時前に様子を見に来た時は みんなといっしょにいて,お産が始まりそうな気配はありませんでした。どちらかと言うと,ユプサがみんなから離れたところにポツンといたので,要注意かな と思ったくらいです。

なんとなく心配だったので,長靴をはいて見に行くことにしました。やっぱり、バルダは みんなといっしょではありませんでした。遠くを見ると,他の牛たちが並んでいる入り口とは 正反対のところに 牛が一頭いました。横になっている とか 寝ている とか言うよりも 死んでいるような格好です。バルダが産気づいて、苦しんでいるに違いありません。近くに行って見ると,後ろから子牛の前脚が2本出ていました。今回はよく考えなくても,それが前脚で 子牛は正常な位置にあることは すぐわかりました。状況は 去年のユゴリンと全く同じです。バルダは寝たままいきむのですが,子牛はそれ以上出て来ないし、バルダも最後の一押しの姿勢をしません。もう引っぱるしかない と私は牛舎に飛んで帰りました。(そのわりには走るのが遅かったです。)すぐに、用意してあったロープを持ったJと バルダのいるところに戻ったのですが、子牛を引っぱる間 じゃまされないよう、まず他の牛たちを牛舎に入れてしまうことにしました。Jは 牛たちを連れて牛舎に行き、私はバルダの付き添いをすることにしました。

バルダは ユゴリンよりもまた小さい牛です。12月4日生れなので まだ2才になったばかりです。“たま”の子なのですが、体が小さい以外は 顔も性格も全く母親に似ていません。“たま”は 小さいくせに、いやに気が強くて、かわいくないので 性格は似ていない方が良いのですが、バルダは あまりにもおとなし過ぎて、つい忘れられる傾向にあります。冬の食堂が始まった時も、うっかり配置表に記入するのを忘れたくらいです。そんな小さなバルダだから 初産がうまく行かなくて いっそうかわいそうです。

他の牛たちを全員つないで、Jが戻って来ました。とにかくバルダがいきむのに合わせて、Jが子牛の脚を引っぱり始めました。どうも子牛が大きくて、そう簡単に出てきそうもありません。どうにか、子牛の口が見え始めたところで、子牛の脚にロープを付けてもっと強く引っぱりました。口が見えると、子牛の舌がダランと垂れ下がっているのがわかり、死んでいるのではないかと思いました。とにかく、子牛を出してしまわないと、母牛の命に関わることなので、バルダと力を合わせて引っぱり続けました。すると、顔が出て、肩が出て、後はお尻だけになったところで、Jが私に 甦生のために水を持って来るように言いました。一刻を争うことなので、できるだけ早く走ったのですが、歳のせいか(ぜったいそう)なかなか進まず焦ってしまいました。

私が ミネラルウォーターを持って駆けつけた時には 子牛は頭を持ち上げて お母さんになめてもらっていました。ああ、良かった。ロープもちゃんと用意してあったし、去年の経験が活かせました。

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子牛は 30分もすると立ち上がって、おっぱいを飲みに行きました。だいたい、立ち上がる前から おっぱいを探して 舌と口をさかんに動かしていました。カシューと言い、この子と言い、いやに食いしん坊な子牛ばかりです。

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子牛はメスです。もう、Cから始まる名前をみつけたのですが、公式ではないので、また後日発表します。その名前、母親の名前 のど飴の“バルダ” と関係あります。それに “カシュー” が何の名前かご存知の方だったら 簡単にみつかると思います。ヒント - ある商品名で 日本でも売ってます。私の甥が小さい時 よく食べてました。これ クイズですが、当たっても賞品は出ません。

ボラン農場はなぜ《牧場》ではなく《農場》なのか

もうずっとお天気が悪く,今朝は一時どしゃ降りの雨でした。こんな時,いくら牛でも,外にいて楽しいはずはないので,いつもより早く食堂を開けました。お昼になると、急に晴れ間が出て久しぶりに青空がひろがりました。気温もお天気も春の感じです。

牧草地にいる子牛たち、ベラとカシューは雨にも風にも負けず元気です。牛舎までの道のり,ちゃんとみんな付いて来られるか少し心配だったのですが,どうにか迷子にならずにすんでいます。ベラは お母さん,ユーチカがちゃんとめんどうを見るので良いのですが,カシューは ひとりでどこへでも行ってしまうので困ります。ちゃんと牛舎の入り口まで来るのですが,すんなり中に入ってくれないのです。今朝は みんなをつないだら呼びに行こう と放っておいたら,なんと牛舎の反対側の入り口からトコトコ入って来ました。(図の中、赤線で描いたルートを通って。)この歳でこれだから,先が思いやられます。

さて,本題に入ります。
ボラン農場には秘密があります。なぜ,電気の通ったワイヤ一本で 牛や馬を食い止めることができるのか。もう一度ボラン農場案内図をご覧ください。
グリーンの丸は 木のつもりなのですが,それぞれの区画が土手で囲ってあります。ボラン農場の写真に必ず写る《土手》です。この土手のおかげで こんな斜面でも生きて行ける 大事な土手です。図を見ていただければお解りになると思いますが,ワイヤ一本の柵は 土手のすぐ前を通っているので,ワイヤに触れず くぐることは不可能です。飛び越えるのも無理です。それに土手の向こう側はよく見えませんから,向うに行こうという気にもなりません。

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でも,土手の偉力はそれだけではありません。ここは 風が強いのですが、土手とその上に植わった木が 風をさえぎってくれます。暑い夏には,木陰ができます。土手の前には溝が掘ってあるので,大雨が降っても 水はゆっくり斜面を下りて行きます。こういう、すごいシステムが ボラン農場にはあるのです。聞くところによると,この地方(ブルターニュと言います)の土手建設大工事は 中世(12世紀)に始まったらしいのです。(そのへんの歴史を知りたいのですが,文献が見つかりません。)考えてみてください。まだ,ブルドーザーもトラクターも無かった時代です。土地を守るために たくさんの人達が協力して 手で作ったものです。ここは 岩の上に乗っかっていて,土はその上にかぶっているだけのやせた土地なのに。それほど,土地は貴重なものだったのでしょうか。

ということで,ここはあくまで昔風の農家なのです。トラクターよりも馬の方が似合う農場です。母牛は8頭までしか飼えない小さな農場です。うちの4頭の去勢雄牛がいる《羊飼いのジョンさんち》は たしかに《牧場》です。全部で何ヘクタールあるのか知りませんが,ジョンさんの家から牧場が見渡せます。ほとんど平地ですから 土手はもうありません。トラクターが導入された時代に壊してしまったのです。当時,トラクターが溝に落ちる事故がよくあったので,安全のためと もちろん、生産性向上のためです。私たちにしたら効率は悪くても,昔風の農場がお気に入りです。昔の人たちがつくったエコロジーシステムなんて,すごーいと思います。

私たちがここに来たばかりのころ、私たちの前にここを使っていた 今は亡きアルセーヌおじさんに聞いたことがあります。アルセーヌおじさんは 私たちのお師匠さんでした。《なんで,こんな斜面のやせた土地に 手間かけて土手なんか作ったんやろか。》アルセーヌおじさん曰く《隣の家との境界線に柵を作っても,ごまかそうと思えば,一晩で移動できるやろ。でも,木の植わった土手は動かされへん。》これが土地の人たちの考え方です。

子牛たち牧草地へ

お天気がなかなか良くならず,ベラもカシューも生まれてからずっとお母さんたちと牛舎にいました。今夜もまた雨と風です。いつまでたってもお天気が良くなる見通しはないので,今日はみんな、他の牛たちといっしょに放牧地に戻すことにしました。牛舎は食堂として使うためにできていて,そこにずっと牛をつないでおくようにはなっていません。日当りが悪いので,衛生上あまり良くないし,水道が来ていないので水を飲ませるのに不便です。だから,いつも牛たちは乾草をお腹いっぱい食べたら,水が飲みたくて喜んで牧草地に帰ってくれます。

子牛たちを外に出す前に、耳標を付けなければなりません。小さい子牛たちは ワイヤ一本に電気が通してあるだけの柵など簡単にくぐってしまいます。耳標はもしもの時の迷子札のようなものです。ただ,付けると言っても耳に穴を開けるので,せっかく仲良しになった子牛たちに嫌われそうです。まず,4052番のベラから。痛みは感じなかったようですが,その後すぐにおっぱいを飲みに行きました。4053番のカシューはロープにつながれたのが気に入らず、頭でJを攻撃しようとしましたが,二人がかりでどうにか取り押さえました。

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今日から別の区画なので,夕方暗くなる前に牛たちを外に出しました。カシューは何が気に入らなかったのか,牛舎を出ると母牛たちとは反対の方向に逃げ出してしまいました。Jがそれを追って行ったので,私はユゴリン、ユーチカ、ベラが牛舎から遠ざからないように見張っていました。ところが、カシューはなかなか戻って来ず,ユゴリンは他の牛たちがいるところを突き止めたようで、そっちに向かって走り出しました。そうなると、ユーチカもベラもいっしょです。止めるのは無理なので,後を付いて行ったら、Jに後足を取られたカシューが すでに新区画前にお出ましでした。こうして,全員無事に牧草地にたどり着いたのですが,カシューにとって今日は全くツイていない日だったようです。電気の通ったワイヤはおいしくなくて,火花が出ます。

りんりんはピレニアン・ソファー・ドッグ

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昨日は うちのぐうたら犬“りんりん”の誕生日でした。うっかり忘れていましたが,本人も気がつかなかったようです。りんりん(本名はリンカ)は12才になりました。人間で言うと,64才だそうですから,まだまだ元気です。それにあれだけ楽をしていたら,100才(犬だと20才)まで生きられるかも知れません。
りんりんは 本当はピレニアン・シープドッグという種類の犬で,フランスとスペインの間にあるピレネー山脈の羊飼いの犬です。本来なら仕事をするかしこい犬のはずなのですが,りんりんの一番の得意は寝ることです。小さい時、一人暮らしのお年寄りに飼われていたので,どうも思いっきり甘やかされたらしいのです。ごはんはドッグフードではなく,ふつう人間が食べるお肉とか。もちろん,家の中に入れてもらえて,ソファーに寝そべって、テレビを見るのが日課。おばあちゃんが外出する時は必ずお供で,しょっちゅう車に乗っていました。
でもそのうち,おばあちゃんの具合がだんだん悪くなり,専門の施設に入ることが決まり,お犬様はJのお兄さんち(おばあちゃんは義母)に預けられました。お兄さんちにも犬がいたのですが,りんりんはその犬を脅して自分だけドックフードを食べるとか,お兄さんの犬は思いっきり虐げられることになってしまいました。それで,うちにお鉢がまわって来たのです。うちにも当時、ボーダーコリーがいたし,りんりんの品行を聞いてあまり乗り気ではありませんでしたが,断るのも気の毒で私たちがもらうことになりました。(おばあちゃんに返す見込みはありませんでした。)

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こんなに大きいのがあるの と思うほど大きな袋のドッグフード(+くまのぬいぐるみ)付きでボラン農場に来た時 りんりんはもう4才になっていました。全くかわいげのない犬でした。お兄さんちからここまで車で3~4時間かかるのですが,Jの話によると ずっと座席に《おすわり》したまま一時もJから目を離さなかったそうです。うちに着いた時,私は目いっぱい吠えられました。はじめのうちはJから絶対に離れたがらず,トラクターの後を追いかけたり 危なくて手を焼きました。ピレニアン・シープドッグの育て方 の本を読むとしっかり書いてあります。性格は頑固で、咬む傾向があり、すぐに吠える。全くその通りの犬です。その上,叱ると必ず口答えします。りんりんは 服(毛)を汚すのが大嫌い、水たまりやどろんこは必ず避けて通り、雨が降ると外に出ない どちらかと言うと都会派の犬ですが、今ではすっかり田舎の生活に慣れました。本当はなかなか頭が良くて,けっこう複雑な仕事もできるのですが,2回同じことをやったらもう絶対に3回目はやってくれません。イヤになったら,勝手に家に帰って寝ています。よく考えて見ると,りんりんは犬ではなくて人間の子供に似ているようです。

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りんりんは 夜 つまらないことで吠えてうるさいので 家(小屋)の靴拭きマットの上で寝ます。朝になってもなかなか外に出たがらず、無理やり放り出すと、こんなことしています。

アルモリカン Armoricain 牛とは

今朝は少し晴れ間が出たのですが,やっぱりお昼には曇ってしまいました。寒くなくて楽ですが,冬には冬らしくして欲しいものです。

今日は アルモリカン牛とは何か というテーマです。
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典型的なアルモリカンを紹介するとしたらイッジー(女の子だから正しくはアルモリケヌ)です。(写真はイッジーばあちゃんとその娘たち。)色は赤みがかった茶色で,お腹の部分が白です。背丈はだいたい130センチ位だと思います。もう少し大きいユーチカやバランチーヌで135センチだそうですから。私(156センチ)でも 牛たちの背中が見える高さです。

これはチビのユゴリンです。背が低い以外はアルモリケヌらしい牛です。
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ボラン農場の名物,マルキーズ(と産まれたばかりの みよ)です。こういう角は 古代の牛のものです。
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これみんなアルモリケヌなの と疑問を持たれる方も多いと思います。アルモリカン牛は 体型も,顔つきも多様な牛です。
今はまだ頭数が少ないので(牝牛が全部で100頭程度)よそよりも小さくて,乳牛タイプでスリムなうちの牝牛たちも全員純粋種に入れてもらっています。

では、なんでまたこんな時代遅れの牛が良いのか と言うと,
1 - 粗食に耐える,
2 - 病気知らず,
3 - 子育てが得意,
4 - 人なつっこい
というのが理由で,牛は初めての人でも飼いやすい牛です。でも,物事 良いことだけというのはありません。
1 - つい食べ過ぎてデブになる,
2 - 元気余って,柵を飛び越える,
3 - 自分の子供が見えなくなると騒ぐ,
4 - 牧草地に人が来ると,頭を掻けとうるさい
という困ったこともあります。

乳牛に分類されながらお肉もおいしいので,うちではオスを去勢して、最低3才までお肉用に育てます。牧草と乾草だけを食べさせて,1トン近くまで大きくなります。脂肪が付くので,歩留りは55パーセント前後ですが,お肉には細かい網目のサシが入ります。

Jがぜひ皆さんにアピールして欲しいと言っているのですが,フランス(突然ですが,ブルターニュというところに住んでいます。)では つい50年前まで それぞれの土地にその土地産の牛がいた ということなのです。日本では今でもそれぞれの地方に その気候,その土壌に育った、黒毛・赤毛・褐色と様々な牛がいますよね。それなのに,フランスでは 市場がある一定の種類の牛を求めるからと,それまで飼い慣れた牛を捨てて,みんなが新しい、改良された種類の牛に走ってしまいました。そのため,アルモリカンのように急激に頭数が(最低19頭まで)減少して,果ては絶滅してしまった牛は数えきれません。だから,私たちのような零細農家に役割があるとすれば こういった忘れられた牛で収入を得ることによって お互いいっしょに生き延びることだと思います。よく,保護プログラムに入れられた家畜を飼っていると,援助金が貰えるんでしょ とか聞かれますが とんでもない。あったとしても,うちは小さすぎて、対象になりません。言わば,うちにお肉を買いに来てくださるお客様が 保護活動のスポンサーのようなものです。

アルモリカン牛についてもっと詳しくお知りになりたい方,一度アルモリカン牛肉を食べてみたい方,アルモリカン牛を飼ってみたい方,日本または世界のどこかで忘れられた牛を飼っている方 がいらっしゃいましたら,どうぞご連絡ください。お待ちしております。

ボラン農場の年越しパーティー

新年のごあいさつを優先にしたので 話が少し古くなってしまいましたが 大ニュースです。今年の初子牛の写真 見ていただけましたでしょうか。そうです。あの時はまだ名前が付いていなかったのですが,ユゴリンの息子,カシュー(Cが頭文字)です。とうとう生まれました。

昨日,12月31日の夜9時頃,ユゴリンはいつものようにみんなと牧草地に帰りました。お産が始まるとしても 多分朝方だし、牛たちは私たちのいる小屋のすぐ横なので,何かあったらユーチカの時のように目が覚めるだろうと思ったのです。この日はふつう友達同士で集まリ、ごちそうを食べながら新年になるのを待って,1月1日0時になったら大騒ぎする日です。私たちはそういうのあまり好きではないので,特に何も計画していませんでした。Jが牛舎を掃除して,ユーチカとベラの敷きわらを替えて,痛みかけていた栗カボチャの処理をし終わったら(私は小屋の掃除)もう11時をまわっていました。二人とも腹ぺこで あるもの全部ひっぱり出してカナッペを作り,その前日 Jが激安スーパーで買って来た2ダース入りの生ガキの残り1ダースを ミスマッチなど気にせずアルザスのワイン(これも前日の残り)を飲みながら優雅に食べておりました。さて,前菜を食べてしまい、メインのスープを温めて,さあ食べようとした時,牛舎から物音がしました。多分,ベラが走り回って堆肥運搬用の一輪車にでもぶつかったんだろうと,私が念のため見に行きました。行って見ると,べつに異常はなく,ユーチカが水を飲みたそうな顔をしたので,バケツで飲ませてやりました。すると,牛たちのいる牧草地の方から,牛の叫び声が聞こえ,ユーチカは耳を立てて,不安そうな表情をしたのです。昼間,みよが発情して大声を上げていましたが、そういう時、他の牛は全く無関心です。どうも,みよの声ではなさそうです。それで、牛たちを見に行こうと思い,Jにそう言うために小屋に戻ったら,Jは大急ぎで作業服を着ているところでした。Jもやはり声を聞いて,見に行こうとしていたのです。時計を見ると,12時10分前でした。私はJを待っているのももどかしく,一人で先に行きました。さっきの声からすると小屋から一番遠い道路側です。牧草地に入り、牛たちを探しました。すぐには見えないので,やっぱり道路側です。そうしているうちにまた叫び声が聞こえ,それを頼りに進んで行くと、白い斑の入った牛が見えました。さっきの声はユゴリンだった と思う間もなく,大声とともに ユゴリンの後ろから大きな塊が飛び出して来ました。最後の一押しの格好をしていたユゴリンが 飛ぶようにくるりと向きを変え,塊をなめ始めました。ちょうどそこに Jが来て,私は《産めた~。落ちた~。》と叫びました。すると,他の牛たちは関係ないのに鼻を突っ込みに来る、ユゴリンは やさしい“ムー”ではなく“モー,モー”と声を上げる、子牛は子牛で 生まれたばかりなんだからおとなしくしてればいいのに,もがき回る、とえらい騒ぎになりました。子牛はべつに苦しんでいるわけではありません。どうも,早くおっぱいが飲みたくて,あせっているようです。そのうち,どこか近所の家から 歓声と“ポン,ポン”という爆発音が聞こえました。《あぁ,新年か。》とは思ったものの,子牛はもがく,母牛はパニック状態で おめでたいと思っているひまもありませんでした。そうしているうちに,今度は教会や村役場がある村の中心の方向から花火が上がりました。けっこう高くまで上がり、いろいろ違った色や形がきれいでした。そのうち,子牛はしっかり立ち,母親のおっぱいまで歩いて行けるようになり,事態は収拾の方向に。もう少し待って,子牛がちゃんとおっぱいを吸うのを確認して,私たちは小屋に戻りました。Jは牛舎に入れようか と言ったのですが,夜暗い時に牛を移動させようとすると ロクなことはありません。寒くないし、雨もそんなに降っていないので,朝まで外にいてもらうことにしました。
後で考えてみると,産まれたとたん 待ち構えていたみんなにお祝いをしてもらった子牛です。これはまた縁起の良いことだ と誕生日を数分ごまかして2007年1月1日にしました。心配していたユゴリンも自力で普通に出産し,こんなにおめでたいことはありません。

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ユゴリンはどうしようもない母親です。食堂のドアが開いたら,寝ていた自分の息子を放り出して,みんなといっしょに食べに来てしまいました。しょうがないので,Jと子牛を呼びに行きました。Jが先頭に立つと,ちゃんと後を付いて行ってくれました。ただ,時々 他のことに気を取られてよそに行ったりするので,軌道修正が必要です。見てください。大きな赤ちゃんでしょう。あのチビのユゴリンがこんな立派な子牛を産むのですから,ばかにできません。

新年のごあいさつ

ボラン農場より
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ボラン農場の初日の出(9時10分でした。)

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ボラン農場の初子牛

今朝はお天気も良く,ボラン農場は晴れ晴れとした新年を迎えました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

最後の最後

今朝はわりとおだやかなお天気だったので 急いで菜園からにんじんを穫ってきました。気温は10℃以上で凍る心配はないのですが,ウサギがにんじんの葉を食べに来るので,これ以上おいても良いことなしです。大きくてやっと10センチ、あんまり小さいのは葉っぱ付きで牛舎にいるユーチカにやりました。午後になるとまた雨になり,風も強くなってきました。ここの典型的なお天気です。風は吹き出すと必ず3日続きます。今年もこのお天気で終わりそうです。
ユゴリンはいよいよみたいです。お腹が下りて来て,丈よりも巾の方がはるかに広い異様な格好をしています。でも,今年中に生まれる可能性は低く,急きょ“C”で始まる名前を考えています。

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今日は大晦日、明日はお正月。でも,牛たちにしたら毎日同じ。今の季節は 乾草と輪切りビートのごちそうがなによりの楽しみです。金曜日に生まれたベラは元気いっぱいで,牛舎を駆け回るようになりました。私たちにも警戒せず,いくらでもさわらせてくれます。またかわいい牝牛が増えてしあわせです。
(日本はもう新年ですね。新年のごあいさつは明日の朝します。)

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