ボラン農場の牛たち

アルモリカの小さな村からアルモリカンArmoricaine牛たちのお話をお届けします。

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エコ農家の車は

今日は 一日中ひどい天気でした。強風注意報が出ていたので 風はある程度予想していたのですが、雨が横から降って来て 小屋から出るとびしゃびしゃになってしまいます。その上 気温は午後3時でやっと10℃、今は8℃だそうです。せっかく、ポピーやパラが咲き始めたのに 写真さえ撮れません。Jが昨日始めたビートの種まき(手で蒔いてる?!)は 中断です。

急にヒマができたので 今日は《うちに車が2台必要か》という話題が出ました。Jが使ってるブルーの車を売る話は もうずいぶん前から出ていたのですが、お友達が 今度 遠くの学校に行くことになった息子のために買いたい と返事をくれたのです。この車は まだ7年で12万キロしか走っていないので まだまだ充分使えるのですが、マニュアルシフトなのが 私たちにしたら致命傷です。

こちらでは 普通の人はマニュアルシフトの車です。お年寄りでもそうです。オートマ車なんかに乗っていると《あんた そんなに鈍くさかったの》と言う目で見られます。車の運転が恐怖だった私は だからと言って乗らないわけにはいかないので、2年半位前に 前の車がボロボロ(同じ車種2台目)になったのを機会に オートマに替えました。そしたら、期待通り 前よりもずっとリラックスして運転できるように。

でも、私は基本的に車は嫌いです。小さい時 “交通戦争”とか言って 車には気をつけるように教育されたからでしょうか、車に対してワルーいイメージを持っています。もちろん環境にも悪いし。だから、自分で車を運転するなど 私の人生に全く予定されていなかったことなのです。(第一、矯正視力でも1,0ありません。)

それが こんな田舎に来てしまって、勤めていた会社も田舎にあって どうしても免許を取らないといけないハメに。でも、運転のお稽古はおもしろかったです。こちらでは 最初から路上運転で 恐ろしくてキャーキャー言って、先生にあきれられていました。その先生、実地試験のお決まりルートなんか無視して あっちこっちお城だの、風光明媚なところに連れて行って(運転していたのは私)くれました。そうして、時間はかなりかかったけど 一人前に免許を取ることができました。どうも 試験官が 視力の確認を忘れたみたいなんです。普通は 車に乗ったままで そのへんの車のナンバープレートを読ませられるのですが、私には質問がありませんでした。(実はかなり近くないと読めない。)

それからは 私用、J用と車は2台なのですが、今も本当に2台ないと困るのか考えています。もちろん 2台あれば何かと安心です。一台が故障しても 交換部品を買いに行けます。でも、万が一のために 保険を払って、整備をして、車検(簡単な安全点検)を受けて というのももったいない話です。また 仮に2台目がどうしても必要となっても 中古のオートマ車は ほとんど見つかりません。今さら お友達に やっぱり売るのやめた なんて言うのもイヤだし、またまた 結論が出ずじまいです。

改めて考えてみると 今までに乗った車は それぞれに思い出があります。走行距離のメーターが万単位しかなくて 何周したのかわからなかった(車体がボロボロになっておしまい)とか、走行距離が3万キロしかなかったのは ギアボックスに欠陥があってそんな遠くに行けなかったから(もちろん他にも欠陥多数)とか 中古の安い車には 苦労させられました。これだけの中古を買ったお金プラス修理費で 新車の一台(や二台?)は買えたと思うと ガックリです。

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初夏のボラン農場

月曜日から仕事で留守をしていました。出発した時は 雨で寒かったのですが、昨日 戻って来たら もう初夏が来ていました。今日はまた一段と暑くなり、乾草作りを始めた農家もあります。天気予報によると 土曜日ごろから雨の予想なので、乾かなかったらラップを巻いて サイレージにするのでしょうか。

牛たちは相変わらず ボラン農場で一番おいしい牧草を お腹いっぱい食べています。今では草が低くなって 子牛たちが見えるようになりました。草が高すぎて踏んづけてしまったのかな と思って見てみたら ちゃんと食べたあとがありました。《牛のように食べる》(たくさん食べる)という表現そのものです。

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ちょっと古いニュースになってしまいましたが 月曜日にアーニカの種付けをしました。アーニカは2005年12月生れで もうとっくに16ヵ月を越えています。4月に発情した時 うっかりしていてチャンスを逃し、その次は祭日にぶつかり、今回はもう数日前から様子を伺っていました。

うまい具合に日曜日の午後 発情を発見し、月曜日の午前中に受精師さんに来てもらうことに。ただ、月曜日は私がいないので、日曜日の夕方にアーニカを牛舎に入れることにしました。牛たちは南側の牧草地にいて 一人でやるのはかなり面倒だからです。牛は 群を離れて一頭だけで行動することを嫌います。でも、全員を連れて来ようとすると 子牛たちが牧柵をくぐって どこにでも行ってしまう恐れがあります。まして、牛たちのいるすぐ横は乾草予定地。なので、アーニカとお友達数頭だけ牛舎に入れる作戦でした。

アーニカは 冬の間 回し蹴り未遂現行犯で Jにこっぴどく叱られたことがありました。どういうわけか それ以来 Jに媚を売るようになりました。(だから動物の心理はわからない。)いつも Jが現れると アーニカは 決然とした歩き方で まっすぐJの目の前まで来ます。

この日も同じでした。アーニカは ためらうことなくJの後を追うのですが、いっしょに来てもらうお友達が見つかりません。ユーチカ(アーニカのお母さん)がすぐ近くにいたのですが、子牛のベラがいるので連れて行けません。みよも近くにいたけれど みよだと少し頼りない。ということで、アーニカだけ連れて行きました。牛舎に入るところで Uターンしようとしたのですが、大食いアーニカのことですから、バケツでカンタンに釣れました。

牛舎につながれたアーニカは 機嫌良く乾草を食べていました。でも、夜中に目が覚めた時 ひとりぼっちだと泣き出すんではないかと心配で イッジーばあちゃんにお友達役をしてもらうことにしました。イッジーばあちゃんにロープをかけて連れて来ることほど 簡単なことはありません。イッジーばあちゃんは もう走ることができませんから。

仲良く牛舎につながれたアーニカとイッジーばあちゃんは ごほうびに燕麦を挽いたのをもらいました。どちらも大食いです。あっという間にバケツ一杯を 2頭で平らげてしまいました。そうして 2頭ともお腹いっぱいになって ぐっすり眠ってくれました。

今日のボラン農場。

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タイヤにまたがりお馬の稽古

今まであまり話題にのぼらなかった お馬の親子(リュチックとポポット)が このごろ活躍中です。農耕用の馬ですから、たまには働いてもらわないと 割に合いません。首輪も 馬の首に合わせてアジャスト可能な 最新式のものを揃えてありますから。

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どちらも 一頭立てだったら 朝メシ前なのですが、二頭立てとなるとまた話は別です。おかず君が落第したのも 二頭立てがダメだったから。だから、リュチックとポポットは 冬の間 二頭立てでタイヤ引きのトレーニングを受けました。一昨日も 念のために もう一度タイヤ引きから始めました。

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今日は このカルチベーター(カナディアンとも呼ぶ)で 畑を耕す前に草の根を引き抜いてしまいます。歯が土の中に刺さるので これを引っぱるには大変な力が要ります。そういう時、普通は(おかずくんは)嫌がって進まなくなるのですが、リュチックとポポットの場合 よけいムキになって 無理やり弾みを付けて進もうとするので 注意が必要です。

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写真だけだと おとなしく、言われたようにやっているように見えますが、相手は動物です。ちょっとでもスキがあると 自分たちがやりたいようにやろうとします。仕事がスタートしてから、私はいなかったのですが、リュチックが途中で進むのを拒否したため 一頭だけで カルチベーターを引くという罰を受けたそうです。そういう力関係って 私はイヤだと思うのですが、その後 リュチックは完璧に働いたそうですから、それも必要なんでしょうね。

昨日は そうして何時間もかけて ほんの小さな畑を作りました。トラクターだと 30分もあれば 耕すところまで終わっていたはずです。でも、効率は悪くても、あのトラクターのエンジン音を聞かなくてすんだし、軽油の消費はゼロです。

昔の人たちは トラクターが売り出されるようになると 喜んで馬と交換したそうです。言うことを聞かない馬よりも キーを回すだけで いつでもエンジンスタートしてくれるトラクターの方が ずっと楽です。ただ、それまでの習慣で トラクターに乗っていても ついうとうとする人がいて 畑のまわりに巡らした溝に落ちる事故が よくあったそうです。馬だったら、たとえ運転手が眠り込んでしまっても 溝の前で止まってくれていました。それで、事故防止のために どうしたかと言うと・・・ 溝は危ないので 埋めて、ついでにじゃまな土手も取り払ってしまったのです。近代的な大規模農業の始まりです。

昨日は まずまずのお天気だったのに 今日は とうとう雨も降って来ました。たまには 雨も降ってもらわないといけないのですが、いやに寒い(最高気温で15℃程度)今日このごろです。

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去勢牛にないものは

昨日は 朝から霧雨が降っていたのに、お昼になると突然青空が広がりました。おかげで、ずっとのびのびになっていた 斜面の雑草退治をしたので、なぜバリウム君は K牧場で生まれたか という話は今日になってしまいました。

ボラン農場の面積は 農地だけを数えると 12ヘクタールちょっとです。理論上 12頭の牛が飼える広さですが、実際は 乾草も作らないといけないし、もっと土地が必要になります。それで、羊飼いのジョンさんちを借りるようになるまでは 毎年 夏枯れで草がなくなるころは 牛たちをよその空いている牧草地に入れてもらっていました。

バリウム君が生まれた2004年は ここから南に約2キロ行った K牧場の一区画を拝借しました。ボラン農場からそこまで 舗装されていない でこぼこ道を下りて行くのですが、車はまず来ないとは言っても、その狭い道の両側には よその牛が(種雄牛も)います。ボラン農場の牛大移動は 考えるだけでドキドキの大イベントでした。

まず、行くだけでも大変でした。第一回目のトライでは ボラン農場を出てほんの数百メートルとのところで 先頭に立っていた去勢牛たちがUターンし、全員みっともない格好でうちまで突進してくれました。

第二回目のトライでは まだ小さかったのろまのユゴリンが(文字通り)道草を食い始めました。みんなの最後を歩いて(走って)いた私が のろのろしていると まただれかがUターンしそうだったので ユゴリンは置いてきぼりにするしかありませんでした。

みんなを無事に目的の牧草地に閉じ込めて やれやれと思っていると・・・ 遠くからユゴリンの叫び声が聞こえました。ユゴリンが あの巨大な種牛に悪さされているのを想像してしまって 私は大急ぎで 助けに走りました。その道のりの長かったこと。いくら行ってもユゴリンの姿は見えません。ええーっ、どこ行ったぁ と思いながら さっきユゴリンが道草を食べていたところまで行くと、なんのことはない まだそこで草を食べていました。そして 時々顔を上げては泣いていたのです。おかげで、道の両側には よその牛たちが見物に来ていました。私が呼ぶと ユゴリンはすんなりついて来ました。途中で すれ違った人が『まあ、おとなしい牛ねえ。』と驚くほど わき目もふらずに。

問題は帰りでした。7月も中旬になり ボラン農場も少しは草が伸びたので、つぼみちゃんのお産も近いし、牝牛だけを連れて帰ろう ということになりました。でも、去勢牛の中には その気になれば 電気牧柵もなんのその というのがいます。(なぜかみんなマルキーズの子。)そのために 予め去勢牛たちを遠くに離しておいて 牝牛たちと子牛たちだけを連れて道に出たのですが・・・

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去勢牛とつぼみちゃんは Jに任せて、私は牝牛チームの先頭に立って ボラン農場まで連れて行きました。それがすんだら、私は 急いでまたK牧場に戻りました。麦畑があまりにも広いため 全員をそこから出して 牧草地まで戻すのに かなり手こずりました。それでも なんとかみんなを牧草地に閉じ込めて、牧柵の応急処置が終わると もう夜でした。つぼみちゃんのことは また明日考えよう ということに。ところが そうしているうちに(あれだけ走りまくったせいか)つぼみちゃんは K牧場でお産をしてしまったわけです。

つぼみちゃんは バリウム君がある程度大きくなって、しっかり歩けるようになってから ボラン農場に連れて帰りました。牝牛は 一頭でも群でも ちゃんとついて来てくれます。それにひきかえ、去勢牛は いったいどこに脳みそ付けてるの と思うほどぼーっとしています。道を歩かせても 何かおいしそうなものがあると ふーっとそっちに行ってしまいます。なので、夏の終わりに 去勢牛たちをボラン農場に連れて帰った時は 気が狂いそうになるくらい めちゃめゃをやってくれました。それでも 一頭も欠けることなく 全員うちまでたどり着いたのは まさに奇跡です。

こういうことがあってからは、去勢牛を歩かせて移動 というのは絶対にしないことにしました。

かわいかったバリウム君

相変わらず パッとしないお天気が続いています。昨日は雨の中 バリウム君がトラックに乗せられ 行ってしまいました。

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本当は三月ごろに お肉の販売をすべきだったのですが 36ヵ月を過ぎた去勢牛がいないので パスしてしまいました。でも、六月もパスするわけにはいかず、去勢牛のうち誰を出荷しようか 迷っていました。一時は、まだ24ヵ月だけどあまり将来性のない(乳牛タイプの体型)アルフォンス君にしよう という意見も出たのですが、結局 最後の最後に バリウム君(34ヵ月)に白羽の矢(わぁ、痛そう)が。

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バリウム君は ボラン農場ではなく ずっと南にあるK牧場で 去勢牛たちに見守られて(多分)生まれました。バリウム君のお母さん つぼみちゃんは その中に ぼつんといたのです。

なんで そうなったかと言うと とても長い話になるので 明日ゆっくり書きます。とにかく、無事生まれたけれど 牛舎に入れることができなかったので、子牛をさわったり、いっしょに遊んだり、人間に慣らせるためのことは 何もできませんでした。(耳標だけは付けました。)それでも つぼみちゃんの子、イッジーばあちゃんの孫だけあって 良い性格の子になってくれました。オスなのに 頭を掻いてもらうのが大好きでした。

そんなバリウム君 怖かったみたいけど暴れることなくトラック乗ってくれました。そうそう、業者さんのトラック、前回(ビタミンちゃんの時)から大きく改善されていました。牛を一頭ずつ分けるしきりが付けられ、後ろのドアが開いても すでに乗っている牛たちは 脱走できなくなっていました。

そうして トラックが走り出した時 バリウム君は 背より高い窓から鼻を出して泣きました。ごめんね、バリウム君。

言葉はむずかしい

昨日のお昼 やっと仕事から戻ったのに、牛たちを見に行くひまもなく また洗濯や買い物に 走りっぱなしでした。(車は大嫌いなのに。)今日は また朝から雷雨があったり、にわか雨が降ったりのお天気で、風もかなり強いです。このところ台風並みの風(風速27メートル/秒程度だから 大げさではない)が吹いて、満開を楽しみにしていたサンザシの花も たくさん落ちてしまいました。

今日は 久しぶりなので 牛や馬たちが今どこにいるかボラン農場案内図で示そう と思ったのですが、私の頭は 完全なお仕事モードになっていました。乾草の代わりに 新鮮な草だけを食べるようになって ぐんぐん太ってきた牛たちが なんと《放牧前》《放牧後》の絵に・・・

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前に比べて どれだけ良くなったか(太ったか)評価するために 前の状態を記録しておくのを“ベンチマーク”と言うのは 知っていました。“ベンチマーキング”と言うのが ベンチマークをすること と言う意味だと思っていた私は 浅はかでした。(英語が得意な方へ - 私 まちがってました?)“ベンチマーキング”と言うのは 自分が向上して行くお手本となるもの(人など)をマークすることなんだそうです。私は それを知りませんでした。

通訳(翻訳も同じ)の仕事をしていると ひとつひとつの言葉に注意して、ちゃんと区別して使うことが要求されます。(“調整”と“調節”の違いわかります?)それが 仕事上大事なことは 良くわかるのですが、私は “モーモー”とか“ワンワン”とかが好きです。私が動物大好きなのは 私の言葉がへたでも そんなことは無視してくれるからです。言い方が悪い って気を悪くすることもないし。動物たち(と まだ言葉をしゃべれない赤ちゃん)っていいな~。

ねこのカネルの一日

このところ くもり時々雨のお天気が続きます。お日様が出ないと 気温も上がらず、肌寒い毎日です。(小屋では 薪ストーブ営業中。)

雨が降ると、犬のりんりんはもちろん、ねこも外には行きません。ねこのカネルとガメル(カネルの子)は 納屋の乾草ロールのてっぺんがお家ですが、今ではもう ロールも残り少なく 3階ではなく 地上階にいるので 一日中寝ているのがわかります。

雨が降っていなければ、カネルは 一日中 私の後をどこへでもついて来ます。どこかのくうたら犬(お腹が空いた時だけ愛想が良い)とは大ちがいです。

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今日はこれから 仕事のため出かけます。また 140キロの道のりを 車でトロトロ行きます。天気予報によると 午後はお天気が回復するそうですから、楽しい(ふつうはありえない)ドライブにしたいものです。
では、いってきまーす。

大統領選挙 from T村

今日は 日曜日だというのに 6時半に起きました。普通の日でも 7時半にやっと起きるくらいなので、今日のは努力賞ものです。今日は 大統領選挙の決選投票の日なのです。Jは いつものように 村役場の投票所が開く8時から10時まで 選挙のお手伝いに行きました。投票所管理は 3人で 2時間毎に交代します。ふだんなら 朝はぐずぐずしているJも 今日だけは いやに張り切って、ちゃんと時間通りに出かけて行きました。

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10時になり、バトンタッチをしたところの写真を Jがおみやげに撮って来てくれました。今回は どの時間帯も 選挙権を得てから初めての選挙になる若い子たちが 投票所の管理を手伝っています。彼ら 明け方まで 他の仲間たちと うちのすぐ隣のA君のところで騒いでいたので(太鼓たたいて、うるさかった)大変お疲れのようです。

T村のことは まだご紹介していませんでしたね。人口171人の 日本で言えば なんとか地区くらいの面積しかない ちっちゃな村です。手元にある Guide du Routard という ゆっくり安く旅行したい人向けのガイドには T村のことを こう書いています。

《昔ながらの村で このあたりでも特に感動させられるものの一つ(フムフム)。まるで過去に取り残されたかのように(ええっ?)まわりのあわただしい社会には知らん顔をして(うん、それはね)。今では 古い石造りの家の多くが 空き家(うそばっかり)。》

ここに書いてあるのは 15年以上前のことであって、今 T村で 空き家など見つかりません。そのために 新しく宅地にしても良い場所を 定めたばかりです。それほど T村への移住希望者が多いのです。このあたりは 丘が何重にも連なり、緑が多く、手付かずの自然が残った 環境抜群のところです。でも、T村の人気の秘密は それだけではありません。ここの住人たちが またユニークなんです。

T村は その昔 それはそれは貧しい農村でした。斜面と岩ばかりで 土が浅く、近代的な農業ができるようなところではありません。そのために どの農家も後継者がなく 村にはお年寄りしかいなくなりました。ちょうどそのころ 髪の長い“ヒッピー”と呼ばれる若者たちの 自然に帰ろう という運動がありました。T村は そんな若者たちにしたら 田舎暮らし体験に格好の場所でした。安い空き家も土地もいくらでもあり、村の人たちも よそ者の若者たちを抵抗なく受け入れてくれました。それが 今のT村の始まりです。そして 今では その時代の若者たちの二代目が大人になって、世代が交代しつつあります。

T村は 今ではエコロジー村として知られ、村に住んでいるというだけで 一目置かれます。農家もほとんど“有機”ばかリで、化学肥料や薬品を使う人は 肩身の狭い思いをしています。もちろん、みんながみんな いつも良い人というわけではないので、いさかいも、中傷もあります。でも、根本的な考え方は私たちと同じ と思うと心強いし、国がこれからどんな方向へ行っても、T村にさえいればどうにかなる という安心感があります。

T村での 大統領選挙の第一回投票結果なんですけど、第一位がセゴレーヌ・ロワイヤル 38%、第二位がジョゼ・ボベ 26,5%(笑わんといてください)でした。ジョゼ・ボベは 反グローバル化、農民運動のリーダーで 全国では 投票率たった1パーセント代だったんですよ。今までの選挙では 緑の党がいつもトップでしたが 今回は 第五位(5,8%)にとどまりました。ちなみに サルコジ 8,3%、極右のルペンとドビリエ共に 2,48%と T村では少数派でした。(パイルは 9%。)

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これは 村の中心にある教会です。教会、お墓場、納骨堂、石の十字架でワンセットになった この地方独特の造りです。村には 村役場と集会場とカフェが一軒あるだけです。現在 下水処理場(葦を植えて浄化)建設中で ごたごたしていますが、いつもは 静かで なんとなく懐かしい村です。

病気知らずのマルキーズのはずが

牛たちは もう一昨日の夕方から 南のずっと下の区画です。草はいっぱいあるし、お天気も申し分ないし、まさに言うことなしです。

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牛たちがこの区画に来てからは、みんな 下痢気味だったのも良くなり、たった2日で太ったような気がします。今ごろが 牛たちにとって一番幸せな季節なんでしょうね。

みんなが 幸せな日々を送っている時に、マルキーズは かなと牛舎にいます。かなり前から マルキーズのおっぱいがおかしいな とは思っていたのですが、一昨日 とうとうボコボコになり、獣医さんに呼ぶことになるかもしれないので 牛舎に入れたのです。

まず Jが 腫れ上がった乳首を見ようとしました。おっぱいをさわるので、蹴られないように アシカセを付けようとしたのですが、それをいやがって マルキーズはすごい声を出しました。でも、それくらいで引き下がるJではありません。無理やりアシカセを付けてしまうと マルキーズは 倒れるようにしゃがんでしまいました。これは マルキーズのお得意です。トレーラーに乗せる時なんか いつもこうなります。アシカセを付けていると 今度は立ち上がれないので しょうがなく外してやりました。そして また無理やり マルキーズを立たせて、もう一度アシカセを付けようとすると また すごい声を上げ 今度は必死で抵抗するのです。こうなると Jの手に負えないので 獣医さんに診てもらうことにしました。

こういう時は 先生を選べないので イヤな先生だったらどうしよう と思っていたのですが、来てくれたのは若先生でした。若先生は 最近 隣町の獣医さんグループに加わったばかりですが、とても丁寧に診察してくれるので 人気があります。

Jは先生に マルキーズは気難しい牛で、イヤなことをされると すぐにしゃがんでしまうと 説明しました。先生は そんなことは気にしないで、マルキーズが体を曲げた姿勢で頭を固定し、アシカセなんか使わずに おっぱいをさわりました。マルキーズは Jとけんかした時とは大違いで じっとおとなしくしていました。

やっぱり 心配していた乳房炎(だと言うのだと思います)でした。それも、昨日今日の話ではなさそうです。きっと去年 みよがやっと6ヵ月の時に 離乳させたのがいけなかったのでしょう。マルキーズは 乳牛並みの大きなおっぱいをしているので、一人前の乳牛と同じ扱いをしてやるべきだったのです。またまた、私たちの黒星です。

先生に抗生物質の注射をしてもらって、大事にはならずにすみそうですが 腫れたおっぱい(4つのうち一つ)が救えるかどうかはわかりません。せっかくの美人(牛)が ボコボコのおっぱいをしていたら台無しです。せめて見た目だけは 良くなって欲しいものです。

それにしても マルキーズは 注射もいやがらずに いい子にしていました。やっぱり、猛牛も相手の態度次第なのでしょうか。それだったら Jの態度を改めてもらわないと、困ります。あと Jが 注射と薬の注入を2回づつしないといけないので・・・

今日のボラン農場です。

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すずらんの日

5月になりました。そのわりには 曇りがちの一日でしたが、夕方になると青空が出てきました。今日はまた 牛たちの移動です。

昨日の午後は これまでより もっとすさまじい雷雨がありました。まだ 夕方だと言うのに真っ暗になり、ひっきりなしに鳴る雷がだんだん近づいて来て、ついに 建物のすぐ近くに落ちました。私は小屋の中にいたのですが、その瞬間 稲妻が家の中を通って行くのが見えました。家(小屋)から閉め出されていた犬のりんりんは 恐怖のあまり 小屋のドアに体当たりして 小屋の中になだれ込んできました。後で知ったのですが、トラクターの中に避難して ラジオを聞いていた人がいて、雷はそのすぐ横に落ちたそうです。(本人の名誉のため 名前は出しませんが・・・)

その時は 電気の安全ブレーカーは すでに落ちていて(とても敏感なので)、雷が行ってしまった後 気がついたら 本当の停電でした。停電は 忘れたころにやって来ます。でも、ろうそくはまだあったし、ガスコンロだし、夕飯の準備には困りませんでした。これから建てる家は オール電化キッチンを考えていたのですが、こういう時 後悔するかも。電気は 夜中遅く復旧しました。冷凍庫と冷蔵庫が動き始めた音で 目が覚めましたが 安心してぐっすり眠れました。

さて、今日はメーデーの祭日です。また、幸せを祈って すずらんをプレゼントする日です。みなさまにも 写真ですが、ボラン農場のすずらんをお届けします。

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写真は 数日前摘んだ時に撮ったのですが、5月1日より前に贈るのは 縁起が悪いそうで、今まで取ってありました。本物は もうしおれ始めました。すずらんは もう10年ほど前 林の入り口の木陰に植えたのですが、5~6個植えたのが 今でも5~6本だけで、花はこれ一本だけでした。きっと 植えた場所が すずらんには向いていないのでしょう。

ここに来る前いた家は 庭にすずらんがいっぱいだったし、初めてつけた香水がすずらんだったし なんとなくこだわりのある花です。年に一回だけでも すずらんの香りで、私にことを思い出してくれる人がいるかな。

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