ボラン農場の牛たち

アルモリカの小さな村からアルモリカンArmoricaine牛たちのお話をお届けします。

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うたかたの晴天

先週に続いて 荒天のボラン農場です。絶え間ない雨と風で とうとう見かねて 月曜日に 子牛とお母さんたちを牛舎に非難させました。すると 心配していた通り エバンが下痢をしているのがわかり、念のために昨日も もう一泊しました。

エバンは 生まれてまだ3週間にならないのに 時々 お母さん用の乾草を拾って食べ、しっかり反芻しています。アルモリカンは 生まれた時から歯が4本生えているので 一週間もすると 草をクチャクチャ噛み始めます。そして,本格的に草を食べ始める頃 下痢をする子牛が多いような気がします。

多少下痢気味でも 元気いっぱいの子牛たち。今日は 朝からすばらしい青空だったので 全員 アーニカ親子のいる南の放牧地に戻しました。

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写真を撮っている間に 北から黒い雲が昇って来たので あわてて家(小屋)に戻ると・・・

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雨が多いだけに 虹も多いボラン農場です。

天気予報によると 夕方からまた雨。それがまたいつまで続くことやら。ジョンさんちの牛たちも お天気が悪いせいで まだお迎えに行っていません。向うは もうほとんど草がなくなり、移動は 緊急最優先事項になりつつあります。
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仲良しこうし

10月末から11月はじめにかけて生まれた2頭の子牛は もう今週の月曜日から完全放牧で 雨にも負けず,風にも負けず、すくすく育っています。

ユーチカの子は、《E》で始まる名前が出尽くしてしまったので、あまり深く考えず エバン Eben と名付けました。《Eh ben !》で《あらまあ!》という意味です。この en と書いて アン と読ませるところが いやにブルターニュ語的で 気に入りました。

そして,くるくる巻き毛のエリオットと すもうそっくりのエバンは 大の仲良しになり いつ見に行ってもいっしょにいます。

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Nakayoshi 2

Nakayoshi 3

Nakayoshi 4

お腹ぺこぺこの時は なるべく近場で と思うのはみんな同じです。

今週からお天気回復 と思ったら,木曜日のすばらしい晴天以降 また雨になってしまいました。こんなに雨ばかりだと Jおじさんはすることがなく 文字通り腐りそうになっています。

大泣きしたユプサ

昨日は どしゃ降りのにわか雨の晴れ間を見て,強風にあおられながら ユプサとだふねの移動をしました。これで ジョンさんち組も 去勢5頭を除いて 母牛3頭と子牛5頭だけになりました。この8頭も 来週末には ボラン農場に戻る予定です。

昨日、わざわざユプサを連れて来たのは 今日、よその牧場に出発することになっていたからです。

ユプサは イッジーばあちゃんの娘で 色がちょっと黄色っぽい以外は アルモリカンらしい牛です。おとなしくて 素直で,今まで毎年大きな子牛を産んだ 文句の付けどころがない牛です。



じゃあ、なぜユプサを売ることにしたのか? 

1- この夏ぐらいから アルモリカンを飼いたくて探している という人たちが急に増えた。
2- この夏は お天気が悪くて 期待したほど乾草が穫れず,この冬の飼料に余裕がない。
3- ユプサはもう6才半で これ以上年を取ると 繁殖用に売れなくなる。
4- ユプサ以外に 最後の最後まで手放したくない牛がいる。

という理由が挙げられます。

要するに ボラン農場=マルキーズ系の牛 というのを確立して行きたいからです。だから、残念だけど イッジーばあちゃん系は 今のところまだエミリーがいるけれど なくなりつつあります。

さて,ジョンさんちからボラン農場に2頭が戻った夕方,牛舎横のパドックにいたベルナデットが 大声で騒ぎ出しました。いったいどうしたのか びっくりして見に行っても,子牛のエリオットはすぐそばにいるし、原因が分かりません。でも,良く聞いてみると ベルナデットは 遠くにいる牛の叫び声に答えているようでした。その叫び声 と言うと・・・ ユプサでした。

あの甘えん坊のだふねは アーニカ,だなえ、エルネスト(エドゥ)といっしょに遊んで(?)いるのに,また,なぜユプサが放牧地の入口に立って泣いているのか 全く理解できませんでした。

ジョンさんちの後片付けから帰ったJに ユプサが泣いてる と言ったら,Jおじさんにはその理由がすぐにわかりました。なぜなら ジョンさんちで お母さんがいなくなって泣き叫ぶユーロを見たからです。ユーロは 10ヵ月で,もう《子牛》とは呼べないような立派な体格をしています。だから,まさか まだおっぱいを飲んでいたとは 夢にも思いませんでした。

かわいそうに,急に子牛と離されたユプサ。今日も ずっと泣いていました。そして,今日の午後 トラックに乗せられて ここから3時間ほどの牧場に向けて出発しました。ユプサのことだから これからも大きな子牛を産んで 新しい飼い主に喜んでもらえる と信頼しています。

LOHAS カフェ 一色(ひといろ)

今日はいよいよ 先日,南伊豆へ行った時、感激の出会いをした話です。

南伊豆町一色(いっしき)でパン屋さんをしている小林邦行さん という方にお会いして ええっ,日本にもこんな人がいたの!? と驚いた と言うか もううれしくなってしまいました。

小林邦行さんは 6年前(だったと思う。- 間違っていたらごめんなさい。)に南伊豆に移住され,無農薬で小麦や食材を作り,パンを製造し、カフェの経営をなさっています。(詳しくは,PDFですが www.pref.shizuoka.jp/soumu/so-810/koryukyoju/documents/mi24.pdf という記事をどうぞご覧ください。)

ベーカリー兼自宅におじゃました時は お昼時だった上 パン作りに忙しかったのに 改装工事中の昔の母屋を見せていただいたり、いろいろお話を聞かせていただきました。

ふつうの人なら もうこんな古くて傷んだ家は取り壊して 新しい家を建てるところを せっかくあるのだから みたいなごく自然な姿勢で 保存を決められたとか。うーん,母屋が完成して新しいカフェができたら また来ないと とつい思ってしまいました。

小林邦行さんは パン作りでは長ーいキャリアのある方で フランスにも(あらあら)修行に来られたことがあり ブルターニュ と言うと どこにあるかご存知でした。

そういうちゃんとした方と 私たちを比べてはいけないのですが 考え方とか理想の生き方とかが同じで 本当にびっくりしていました。作っているものは違っても,自分たちが食べたい と思うものを 一番おいしくできる方法で作って お客さんにおいしく食べてもらいたい という気持ちは同じです。

なんだ、そういうことが日本でも可能だったんだ とちょっとがっくりもしました(わざわざここまで来なくて良かったんだ という意味)が 遠い日本に同志がいた と本当にうれしくなりました。

お話を聞いていて とにかく一番感激したのは ずっと放ったらかしで 竹やぶになってしまった裏山を開墾していたら 昔のお墓の跡が出てきたので 草を刈って手入れなさっている ということです。

えっ,なんで って・・・ それ、私のお先祖さんなんです。そう,LOHAS カフェ 一色のある所は 私のおじいちゃん,おばあちゃんの(昔の)家です。

ここは 母方のおじいちゃん,おばあちゃんのいた田舎で 私たちが住んでいた兵庫県からは遠くて そんなに何度も行った記憶はありません。だいたい3年に一回ぐらいだったでしょうか。それでも 私には田舎はここだけで なつかしい思い出がいっぱいの場所です。



この写真の裏を見ると,昭和32年8月 と書いてあります。一番小さいのが私です。(歳がばれてる。)

このお家が壊されることなく,大切に使ってもらえて,いろんな人に来てもらえて 私だけではなく ご先祖様たちも幸せです。

今回 母のたっての願いで 跡継ぎのいなくなった父方のご先祖様を お寺でご供養していただくために行った南伊豆は 本当に良い所でした。また、Jおじさんといっしょに来たいな とか いっそのこと住んでみたいな なんて・・・ ボラン農場がなくなってしまうので それはできませんが。

エルネスト改めエロルヌ、じゃなくて結局エドゥ

昨日は 久しぶりに青空が広がりました。このところ、なんだかんだと必ず雨が降るので 本当に気持ちの良い一日となりました。

昨日は エルネストの人工授精センター入りの手続きで 採血をする日 と指定されていたので、日曜日に エルネストとアーニカを ジョンさんちからボラン農場に連れて帰りました。もうそろそろ みんな戻って来ないといけない時期になりました。

今回も さりげなく『連れて来ました。』と言えるほど すんなり行きました。アーニカは もう慣れたもので さっさとトレーラーに乗ってくれます。それを見たエルネストも 自主的に乗ってくれたので 楽に片付きました。

今回の採血は 伝染病検査のためです。こういう手続きも もう3回目で 私たちも慣れたものです。これで 全部陰性だったら エルネストは 12月の初めにセンターに出発することになっていますが 多分,またネオスポラでひっかかるはずです。

さて,さっきから エルネスト と呼んでいますが,センター入りを機会に エドゥ と改名しました。



私たちには なんでこんなことになったのか さっぱりわからないのですが アルモリカン牛の父,A氏から エルネスト という名前は良くないから エロルヌ にしよう と提案がありました。

エロルヌ と言うのはブルターニュ語らしいのですが、私たちは教養がないので どんな意味が知りません。近年,アルモリカンにブルターニュ語の名前を付ける人が多くなり,なんとなく それが望ましい という雰囲気になっています。

でも,私たちは ブルターニュ語を話さないし,なぜ エルネスト という名前がいけないのか理解できず 改名の提案に対して 何も言いませんでした。

すると,何も言わないのは賛成の意味 とエルネストが正式にエロルヌに改名されてしまいました。私たちは『なんでやねん。』とは思ったけれど 反発はしませんでした。そんなこと それほど重要ではないので。

ところが、パリの畜産研究所のDさん(アルモリカンの担当者)がJおじさんに『これからセンター入りのGOサインを出すけど,名前はエロルヌで良いの?』と聞いてくださいました。

Jおじさんはとっさに ブルターニュ語の名前 と言うなら 《エドゥ》が良い と答えたのです。エドゥ というのは 友達のAの所に行ったベラが 向こうで産んだ子牛の名前で、蕎麦 という意味らしいです。蕎麦はこちらではなじみのある植物です。その子牛は もうお肉になってしまいましたが その子の思い出に とJはこの名前を選びました。

ということで《エドゥ》に改名したエルネスト。A氏は気を悪くしたかも知れないけれど 私もこの名前の方が好きです。

それにしても 歴代の種雄牛リストを見ても フランス語の名前ばかりなのに・・・ すもうだって カリプソ というギリシャ神話の名前です。それに カリプソ という名前のホルスタインがすでにいるらしいので どちらかと言うと すもうの名前を変えれば良かったのに と思います。(間違わないように すもうを《カリプソ43》- 43はアルモリカンの番号 - とでも呼ぶのでしょうか。)

どうでも良いことだけど 私には未だに なぜ《エルネスト》という名前がいけないのか さっぱりわかりません。

あまり大きな声で言えない話

案ずるより産むが易い とは言いますが その言葉通りのことが 今日ありました。

今朝は 仕事のことで午前中外出していました。Jおじさんは 私がいないとゆっくりできるので たまったメールの返事をしたり パソコンの前に座ったきりでした。

家に帰ったら もう12時を過ぎていたので 急いでお昼ごはんの用意をしました。そして ごはんを食べてしまったから 南の放牧地にいるユーチカとだなえやお馬さんたちの様子を まだだれも見に行っていなのはまずい と反省しながら 放牧地に下りて行きました。

すると・・・???!!! 子牛が一頭 ユーチカの横に立っていました。

もう,無事に生まれたから良いけれど もしものことがあったら と思うと ぞーっとします。それに このお誕生には もうひとつ 大きな声で言えないことがあります。

ユーチカは 去年の12月にももくんを産んでから いくら待っても発情しませんでした。ところが春になって ユーチカのお腹が大きくなったような気がしました。まさか と思ったのですが やっぱりそうでした。人工授精をしていないのに お腹が大きくなった と言うと・・・

おわかりでしょうか。2月のはじめまでボラン農場にいた すもうの仕業です。でも,ユーチカは・・・(ご存知の方はかなりのボラン農場通の方です。)すもうのお母さん。これマズいのでは・・・

でも 話に聞くと そういうこともたまにあって、特に奇形だとか障害があるわけではない と言うことで そのままにしておきました。そうは言っても,ふつうよりもリスクが大きそうで やっぱり心配でした。

その心配していたはずの私たちが まだおっぱいが張ってない とか言って 監視を怠ったわけですが、まあ,とにかく安産でホッとしました。ちなみに 今までに生まれたすもうの息子3頭(この子もオス)は みんな超安産で これもすもうの優れた点かも知れません。

子牛(まだ名前がない)は ごくふつうの大きさ(38キロ)で、エリオットほどではないけれど 巻き毛です。

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写真のユーチカにご注目ください。ちゃんと子牛のおしりのめんどうを見る 立派なお母さんです。

こうして,今晩 牛舎には ベルナデット・エリオット親子に加えて ユーチカと子牛、おまけにだなえまで全員が泊まっています。これだけいると 掃除や餌やりが大変です。(特にだなえがよく食べる。)

牛の移動と異動

先週は まだこちらも日本と同じくらい暖かかったのに,今週に入ってからは 少し寒くなってきました。昨日は 一日中雨だったけれど,今日は 晴時々にわか雨。牛舎の扉を開けてあるので 雨が降り出すと ベルナデットとエリオットが雨やどりに来ます。

最近ずっと ボラン農場案内図の更新をしていなかったので まずは・・・

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ユーチカは もうすぐ(11月11日)お産の予定で もうとっくの昔にボラン農場に戻って来ないといけなかったのに,私が留守をしていたため そのままになっていました。

ボラン農場には ベルナデットとだふねだけが残っていましたが、ベルナデットとエリオットを牛舎に寝かせるのに だふねまでいっしょではめんどうなので だふねのお供に この月曜日、ユーチカを連れて来ました。Jおじさんは ひとりだと捕まえるのが大変 と思ったのでしょうが、ふたりだと あっさり『連れて来ました。』と言えるほど すんなり行きました。

というのが《移動》の話で,《異動》は すもうのことです。もうずいぶん前に 人工授精センターを出るから と言われていたのに 結局、ブルータングの2回目の予防接種を待って、今週出ることになりました。でも,その間にすもうの行く先が決まり,すもうはボラン農場には戻らず,直接新しい飼い主のところに行くことになりました。

センターでは おとなしくて扱いやすい と喜ばれたすもう。予定の3000回分に加え もう3000回分を採取して 乳牛の繁殖障害改善用にするそうです。すもうのは それだけ力強いとか。

生まれつき筋肉もりもりで いかにも《雄牛》という姿や性格だったすもうが どんなに立派になったことか 私たちは早く見たくてワクワクしていました。

ところが、センターから送ってもらったすもう(本名カリプソ)の公式の写真を見ると、相変わらずやさしい顔つきだけれど,思ったほど太っていません。まだ,2才前だから 縦に伸びる年頃なのか、ボランくん(もうすぐ3才)に比べて見劣りがします。それとも センターでの激務で やせてしまったでしょうか。

この疑問をはっきりさせるためにも いつか、すもうの新しいお家に会いに行ってみたい と思います。

巻き毛の子は巻き毛

これは羊ではありません と注意書きしないといけないほど くるくる巻き毛の子牛が生まれました。土曜日のことです。

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ベルナデットの子だから 巻き毛なのはわかるけれど それにしても 脚の長~い,大きな子牛です。昨日 耳標を付けた時 体重を量ってみると、なんと45キロもありました。(間違いではないかと もう一度量ってみても同じだった。)

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こんなに大きい子牛だから お産はさぞかし大変だっただろう とお思いになるでしょう。すでに予定日から6日も経っていたので 子牛が大きくなり過ぎないか心配でした。ベルナデットは おっぱいはかなり大きくなったのに,土曜日になっても 外陰部がちっとも大きくならなくて ちょっとおかしい と思っていました。

夜は念のため 牛舎横のパドックに入れておこう と 夕方、暗くなりかけた6時頃、南の放牧地にいるベルナデットと 居残り友達のだなえを連れて来ました。Jおじさんは 家の工事で忙しかったので 私ひとりで。その時は 別に何も変わったことはありませんでした。

7時過ぎに Jおじさんが小屋にやって来て,『ベルナデットのお産が始まったみたいや。』と言いました。私は時計を見て,長くて4時間以内に生まれれば大丈夫だから 11時まであわてることはない とゆっくりかまえていました。今のところJがみているから 私まで行くこともないだろう と思って。

ところが まだ8時になる前に Jが『生まれたみたいやから 懐中電灯持っておいで。』と 呼びに来ました。見に行くと 上の写真の くるくる巻き毛の大きな子牛が落ちていた というわけです。

アルモリカンは安産 とは言っても、それはそれはあきれるほどの安産でした。それに 子牛は 45キロの大物です。いくらベテランのお母さんでも,40キロを超える子牛のお産は しんどいものです。なのに、ベルナデットは それをものともせず・・・

あきれるほどの安産で お母さんは元気だし,後産の停滞もなく 言うことなしですが,なぜか 子牛のおしりの世話だけは拒否です。だから おしり拭きは 私がやっています。私が拭いてやれるほど おとなしいおっとりした子です。さすが ベルナデットとすもうの子。

こんな特別にかわいい子牛だから かわいい名前をと エリオット と名付けました。私の友達の息子と同じ名前なのですが きっと許してくれる と思います。

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