ボラン農場の牛たち

アルモリカの小さな村からアルモリカンArmoricaine牛たちのお話をお届けします。

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ご紹介します

《必需品供給はカラスが頼り》と言われるようなど田舎に住んでいて 仕事でもなければ (Jおじさん以外の)人間と接する機会もない という生活をしていると つい,この状態が理想的 みたいな自己満足に陥ってしまいます。

でも,幸い 通訳・翻訳の仕事をしていると どうしても人間相手にスムーズに事を運ばないといけない という状況に置かれます。そうしてお付き合いいただくのは いつも『ヘェー,こんな人もいたのぉ。』と驚かされる方ばかりで 私には良い刺激になっています。

昔は よく周りの人たちから『どこそこに日本人が住んでいるんだけど,会ってみない。』とか言われると,『なんで 日本人同士 っていうだけで 付き合わなあかんの?』と反発したものですが このごろは 歳のせいで人恋しくなったのか、すぐに乗り気になります。

八千代さんの場合は 少し違って,インターネットで調べものをしていて 偶然ブログを見つけました。あれーっ,ブルターニュの生活を紹介してはるけど,けっこう近くの人! とさっそく連絡をして 今までに2度もボラン農場に来ていただいています。

こちらに住んで30年以上となると 私よりひと回りもふた回りも若い方とお知り合いになるのがほとんどですが 八千代さんは同じ年代で う~ん,私もこんなすてきなマダムにならないと と目標にさせていただいています。

八千代さんは プロのライターさんで 私がへたくそなご紹介をするよりも ぜひブログ をご覧ください。読みごたえがあります。特に,こちらの人や生活をもっと知りたい方には お薦めです。

同年代の方 と言うと,先日,ロハスカフェ一色の小林邦之さんからコメントをいただいたままになっていました。こちらのホームページ もぜひご覧ください。私がいつも使っているバソコン(仕事用ではない方)は サファリの古ーいバージョンのせいか 全部のページが正しく表示されないのですが それでも ネットショッブのパンが本当においしそう。日本にいらっしゃる方は ぜひお店にも行ってみてください。(私のおじいちゃん,おばあちゃんが昔住んでいた家です。)

さて,もう一つ余談ですが 数カ月前に わがT村(よく ヒッピー村 と呼ばれる)に日本人の親子が引っ越して来た という話を聞きました。お母さんは ダンスの先生とか・・・ わぁー,ぜひお知り合いになりたい と思ったのですが いったいどこに住んでいるのかわからず(人口たった170人なのに?)そのままになっていました。

ところが 先週,歯医者さんに行ったら その方も同じ先生のところに歯の治療に来られたそうで どこに住んでいるのか先生に教えていただきました。やっぱり,T村ではなく(だったら,だれかすぐに教えてくれたはず)すぐ隣の村で,なんと うちの山を下りて国道に出る時 必ず通る集落で ほんのすぐ近くです。

多分、この家だろう と心当たりがあるのですが まだ訪ねていません。だって,自分自身そうだったように『なに,このおせっかいなおばさん。』と思われるかも知れないので。歯医者さんいわく,毎日できるだけそこを通って 偶然すれ違った ことにしたら ということで、今のところそうしています。

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上は少し前の写真で,今日はちょっと寒いけれど 一日中良いお天気でした。
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真夜中の脱走

昨日の夜 と言うか,もう今日になった夜中の2時半ごろ,小屋の近くを 象かなにか体重がとてつもなく重い動物がドシドシ走る音で目が覚めてしまいました。

でも,ここはボラン農場ですから 象ではなくお馬さんたちです。お馬さんたちは 先週も 同じところから脱走しました。なのに その後も 牧柵にちゃんと電気を通してなかったのを 見抜かれてしまったようです。

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自由に走り回って 得意になっているように見えるお馬さんたちも やっぱりどこか してはいけないことをした という罪悪感があるみたいです。

とにかく 前回と同じように ひもで脅して(お馬さんたちには 電気が通ったワイヤが大脅威)元の場所に戻しましたが 今度こそ 電気を通さなければ と Jおじさんは 牧柵の検査を始めました。すると お隣の牛たちがいる放牧地との境界になっている柵が めちゃめちゃなのが判明しました。(よくお馬さんたちがここから出て行かなかった・・・)

めずらしく一日中青空だった先週のある日,夕方になったので洗濯物を取込もうと 図中(3)で示してあるところまで行くと そこには 数十頭の牛が!! なんでうちの牛たちがこんなところに?! と一瞬思ったのですが,良く見てみると 黄色くて目の周りが白いリムザンでした。

またもや,お隣の牛たちが侵入して来たに違いありません。ちょうどその時,Jがオスカルを連れて ジョンさんちの去勢たちを見に行っていたので 私一人。とにかくハラがたって 大声でどなり付けると みんな林の中に逃げて行きました。と言うことは 多分、林を通ってうちに来たのだから 勝手に自分たちの家に帰るだろう とそのままにして Jおじさんの帰りを待ちました。

その後,Jがオスカルを連れて林を見に行ったのですが,意外なことに 牛たちはうちの林をタムロしていたそうです。そこで、Jおじさんはオスカルをけしかけて お隣まで牛の群れを押して行ったのですが いったいどこから入って来たのか わからないままでした。

そのなぞが 今日やっと解けたわけです。杭の曲がり方を見ると 隣からうちに向ってワイヤを引きずった としか考えられません。隣の牛たちも しばしばうちに入って来て 困りものだけど、うちもうちで 電気牧柵にちゃんと電気を通しておかないと 役に立ちません。

結局,めちゃめちゃになった柵を修理するのに1時間,修理した柵に隣の牧区から電気を持って来るための電線が切れていて それを修理するのにまた1時間近くかかり 全部OKになったのは朝の5時でした。

一年中放牧の牧畜って 大してすることがないんだから 牧柵だけはちゃんとしておかなくては といつも思います。だって,動物たちには どうやって柵を越えようか考える時間が 一日に24時間あるから。

小さな山の小さな家

40センチの大雪も完全に融け,ふつうに外出できるようになってかれこれ一週間。今でも 誰かに会ったり,電話があったりすると 必ず雪の話になります。

このあたりは 雪の重みで屋根がつぶれてしまった納屋とか養鶏場だとかが かなりあったようで 村役場から 建物の被害やその他損害があったら届け出るように と電話がありました。

その他損害 と言うのは 雪でトラックが通れなくなったので 酪農をしている所は 牛乳の収集が、養鶏をしているところは 鶏に食べさせる餌の配達が 10日以上ストップしたことによる損失です。

私たちが ボラン農場に引っ越して来た1992年とその次の年以来 大した雪はなかったので 冬でも大丈夫 みたいになってしまったのですが 今回は 本当に大混乱でした。

うちのように牛の頭数が少なくても 牛舎で寝られたのは ボラン農場にいる牛たちだけで ジョンさんちの去勢は 建物がなく、ずっと雪の中でした。お隣の牛たちもそうでした。この近くの畜産試験場のようなところで かなり前に 肉用牛を冬の間も放牧しても体重は減らない という研究をしていましたが こんなに雪が積もったら 話は別です。

それに今回は運良くありませんでしたが 雪の時や気温がうんと下がった時は よく停電になります。私たちが食べ物に困らなかったのも 冷凍庫があるおかげで もしも停電になったら 何日も持ちません。

そういう最悪の事態はないことを原則とした生活に ちょっと危機を感じていたところ、Jおじさんの車が滑って家に戻って来れなくなって ふと,昔ボラン農場に住んでいた人たちの話を思い出しました。

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トラクターも車もなかった昔の人たちは こんな雪でも平気な顔で いつも通りやっていたのを想像します。牛も馬も貴重だったから 同じ家の中に住んでいたし,家(牛舎)の中に入りきれないほど牛はいなかった と思います。聞くところによると 大家族で貧しかったけれど あくせく働かず 幸せに暮らしていたそうです。

そしてもう一つ 雪に閉じ込められていた間『長い冬』のことを思っていました。ローラ・インガルス-ワイルダーの『小さな家』シリーズのひとつで 大雪で町に汽車が来られなくなったある冬の話です。

手元に本がないので うろ覚えですが お父さんとお母さんが おじいさんやおばあさんの時代は 薪を焚いて,用意しておいた保存食で冬を越したのに、自分たちは汽車に頼ってしまって 石炭や食料が手に入らないと大変なことになる というようなことを言っていました。もう、100年以上も前のことです。

私は シリーズの中で『大きな森の小さな家』が一番好きで、そのせいで 今こんなところで こんなことをしているようなものです。だから どうしても 昔のようなシンプルな生活にひかれます。そして 今回の雪騒動で 大雪が降っても,停電になってもあわてない『小さな山(このあたりはこう呼ばれる)の小さな家』を実現したくなりました。

雪解け

昨日、今日と 一日中屋根からぼたぼた水が落ちる音が聞こえます。突然 風向きが変わり 気温も5℃まで上がりました。本物の雪国とは違って,春ではないのに もう雪解けです。

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雪が降っていた間は 動物たちにごはんを食べさせて、私たちも何か食べて に明け暮れていたのですが、雪が解けだすと 急にいろんなことがありました。

今朝は 羊飼いのジョンさんちからSOSの電話が。昨日,驚いたことに 村を通る県道の除雪作業があったらしいのですが 運転手さんが慣れていないのか,雪でジョンさんちの入口を塞いでしまったそうです。Jおじさんは さっそくトラクターに乗って 雪の壁を崩しに行きました。

ジョンさんちの前の道は通れるようになっても ボラン農場の周りの村道は 雪が残ったままで まだトラクターでないと通れません。それを 昨日,Jおじさんが 買い物に行く と私のRAV4で出て行こうとしました。

ところが ボラン農場から出て,郵便受けのあるところを右に曲がって 坂を上ろうといたところで すでに道から外れて,溝にはまりそうになりました。しょうがないので トラクターで引っぱって道に戻す とトラクターに乗って行ったまま なかなか戻って来ないので どうしたのかと思って見に行ったら トラクターだけが郵便受けの横にありました。Jおじさんは 車を道に戻して 買い物に行ってしまったのです!

ボラン農場を出てから幹線道路までどうにかたどり着けたそうですか 今度は帰りがあります。いつまでたっても帰って来ないなぁ と思っていたら,歩いて戻って来ました。ボラン農場北の三叉路を少し上がった所で 動けなくなったそうです。

そう言えば その坂道は見た目よりキツくて,今までに何度も上がれなくなった経験があります。いくら私の車は四駆だからと言っても、ふつうのタイヤだし,上れなくなってもふしぎはありません。また,トラクターで引っぱるから 車のハンドルを握っていろ と私まで動員されてしまいました。

結局、たった200メートル足らずの道を引っぱるだけで 一時間ほどかかり、牛たちが寝る牛舎の準備が 大幅に遅れてしまいました。おかげで晩ごはんは10時過ぎだったけれど、スーパーでワインを買って来たJおじさんは ゴキゲンでした。

今日は ますまずのお天気だったので 昼間はふくすけとふじおもみんなと外に行きました。

ふくすけ
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ふじお
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夜になると 2頭ともお母さんにしっかりついて牛舎に戻って来ました。

雪に埋もれてます

このところ何年も雨の日が多く『せめて、冬は雪にしてくれ!』と言った人(名前は挙げません)がいますが その通りになってしまいました。

夜の間も雪は降り続け,今日も、たまーに晴れ間が出るものの、また一日中降り続け,牛たちのいる放牧地の水桶も この通り。(おじさんが牛舎を掃除する間 外に出された牛たち。)

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私は 北海道にも,スキー場にも行ったことがないので こんな大雪は 生まれて初めてです。ふつうに歩くと ゴム長の上から雪が入って来るので 一歩ずつ雪を固めながらでないと進めません。私のゴム長の高さを測ったら33センチだったので 雪は40センチ位だと思います。単に牛舎に行くだけでも スコップで道を作らないといけないなんて まるで豪雪地帯。

天気予報によると 明日も雪で、月曜日は中休み、また火曜日に雪 だそうです。こんな山奥まで除雪に来てくれないので もう今週の水曜日から郵便配達もなく,T村は孤立状態です。これでもまだ 食料はあるし、電気も水道も使えるので 昔風に何でもかんでもホームメードでしのいでいますが、停電だけが心配です。

ふじお、35キロ

今朝は なぜか早く目が覚めてしまいました。牛舎から聞こえる『ムー,ムー』は多分みよの声で,それ以外 べつに不審な物音がした訳でもありません。でも,そのまま寝つけず 5分位した後,やっぱり気になるので 見に行くことにしました。時計を見ると まだ6時前でした。

こういうのって 何と呼ぶのでしょうか。とにかく、その時見に行かなかったら 大変なことになっていたかも・・・ そう,バランチーヌのおしりから 子牛の前足と鼻が出ていたのです。

これは大変 とJおじさんを起こして,あわてて着替えて また牛舎に飛んで行きました。みよちゃんの時と同じく 雪のため牛たち全員が牛舎に泊まっているので バランチーヌは 動きが取れません。なので チェーンを外して 外に行かせました。

急に外に締め出されたバランチーヌは 牛舎裏を行ったり来たりして 落ち着きません。おとといのみよちゃんの時は 牛舎から少し離れたところで産んだので 子牛を牛舎に入れるのに苦労しました。だから、バランチーヌが牛舎の入り口近くに来た時 また遠くに行ってしまわないように ナイロンのひも(偽の電線)で囲ったり 準備を怠りませんでした。

そして、子牛の脚を引っ張るロープだとか 必要と思われる物を全部揃えて バランチーヌがいたところに戻ると・・・ もう,子牛が落ちてました。

安産でやれやれですが,外は-2℃。雷が鳴り,雪が時々降って来ます。早く牛舎に入れたいけれど 場所がない ということで 暖かい牛舎で気持ちよく眠っていた牛たち(みよとふくすけ以外)を 外に放り出して,大急ぎで掃除をして、バランチーヌと子牛を中に入れました。

寒さで凍えそうだった子牛を 布で拭いて,ドライヤーで温めたら やっと立ち上がりました。もう,後は心配ありません。体重を量ったら 35キロと小柄だけど,脚が細くて長ーい男の子です。《ふじお》と名付けました。

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本当は ふくこちゃんとふじこちゃん を期待していたのですが いいの,いいの,安産だったから。だって,この雪でT村の道路はトラクターしか通れず,もしも 難産で獣医さんを呼んでも 多分来れなかっただろうから。

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雪はまだ降り続け,今晩も動物たち全員牛舎です。どこか ノアの方舟の風情があります。

ふくすけ、43キロ

昨日生まれた みよちゃんの息子です。

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牛舎は満員だったので みよちゃんが動き易いように 外に出したので 雪の中で生まれました。気温が氷点下で 子牛をすぐに牛舎に入れたかったのに みよちゃんに《触るなーっ!》と必死に抵抗されてしまいました。

Jおじさんが みよちゃんをロープで引っぱっている間に 子牛を連れて行け と言われたのですが 重くて重くて 持ち上げることもできませんでした。それもそのはず。見た目はスリムでも 今朝量ったら、43キロもありました。

結局,生まれてから2時間後に やっと牛舎に来た子牛は はじめは寒さでガタガタ震えていたけれど そのうち立ち上がって 長~い間 おっぱいを飲みました。その時,検査はしなかったけれど,オスだ とわかりました。

今年生れの子牛は Fで始まる名前です。Fで始まる日本語の名前なんかない と思ったら,『ふ』がありました。なので 今年の子牛は 全員『ふ』で始まる日本語の名前を付けたいと思います。Jおじさんには 紛らわしい と叱られるかも知れないけれど。

まず第一号は『ふくすけ』です。長い名前なので『ふく』と呼ぶことにしました。

外は寒いので ふくちゃんはおかあさんとまだ牛舎に居残りですが,今日は一日中晴天で 雪大好き組はゴキゲンでした。

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大雪注意報

昨日、注意報は出ていたけれど まだ降っていないから大丈夫 と牛たちを夜8時前 放牧地に帰しました。と,ちょうどその時 小雪が舞い始めました。大した降り方ではなかったので ちっとも気にしていなかったのですが たったの2時間で 5センチも積りました。新年になってから 最高気温も0℃以上にならず,地面が凍っていたせいです。

そうなると みんなと外に出たみよちゃんが 心配になります。みよちゃんは もう一週間も前から みんなとは離れた所で寝ていたり もう、すぐにでも産みそうな気配でした。でも,牛舎にひとりだけ残すと嫌がるので 昨日もみんなといっしょに新しい放牧地に行ったものの,また みんなとは離れたところにいました。

雪が積もってしまい 他の牛たちはまあ良いとして みよちゃんだけは牛舎に戻そう ということになりました。10時頃のことです。放牧地に行くと みよちゃんらしい牛がボツンといたので 私が見張っていて その間にJおじさんが 牛舎側の柵を開けに行きました。

ところが、みよちゃんは 私からどんどん遠ざかって行きました。Jおじさんは ここで待ってろ と言ったけれど、みよちゃんを見失ってはいけないので ついて行こうとしたのですが 雪で良く見えず 足跡を頼りに進みました。

すると 足跡の先にいたのは バランチーヌでした。あれっ,間違えたのかな ともう一つ別の足跡について行くと 今度はだなえ。みよちゃんを見失った! とあわてて探したのですが 見つかりませんでした。

そうして 放牧地をうろうろしていると 私を呼ぶJおじさん声が聞こえました。結局,柵を開けていたおじさんのすぐ後ろにみよちゃんがいて そのまま牛舎に入れたそうです。

雪はその後も降り続き 今日のお昼ごろには 20センチは積もり、『雪が降りました。』と言える積雪になりました。

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こんな雪は 私たちがボラン農場に来たばかりの年以来です。あの頃は まだ《私たちの》牛はいなかったので 気楽だったけれど、15頭も牛がいると話が違います。この雪で草が食べられなくなって みんな大騒ぎする と思ったら・・・

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今日は一日中 牛舎にいたみよちゃんが子牛を産むのを待っていたのですが いつになってもその気配がないので とうとうみんなを牛舎に入れたのは 5時過ぎでした。みんな おなかぺこぺこで牛舎になだれ込んで来るだろう と思ったら,そうでもありませんでした。掘り出した草だけで けっこう足りていたようです。

今晩は 雪の上に寝かせるのはかわいそうなので 全員牛舎です。雪はさっきまで降っていたし,まだ 明日の夕方6時まで大雪注意報が出ています。

さて,みよちゃんですが 夕方6時前に第一破水があって,6時半には足胞が現れ,7時過ぎに出産 と教科書通りの安産でした。生まれた子牛は みよちゃんが触らせてくれないので まだオスかメスかもわかりません。これはまた明日ご報告します。

アルモリカン新種?

アルモリカン種は この地方産の白地に赤の小型牛に 19世紀中頃からイギリス種ショートホーンを交配して創った 比較的新しい種類の牛です。

最近読んだ文献によると 粗食のため体は小さいけれど ここの風土に適応した牛に 大量な飼料を必要とする大型牛をかけ合わせるのは もともと無茶なこと だったそうです。

その結果 個々の格差が大きくて統一が取れない というのは アルモリカンを飼ったことがある人なら だれもが認めるところです。昔から,アルモリカンは いったいどんなタイプの子牛が生まれるか 全く予期できず 畜主泣かせだったそうです。

そして,農業や畜産の近代化の波が押し寄せ、アルモリカン種は 固定しないまま絶滅に向いました。ええーっ,そんな品種改良失敗作 どうするのぉー! と泣き叫ぶ代わりに 私たちは ボラン農場のアルモリカンを創ろうじゃないか とあくまでも前向きに取り組んでいます。

私たちが アルモリカン純粋種のお肉だけを販売するようになってから 5年以上に経ちました。今から2年前、血統は抜群なのに 体全体巻き毛で,胴がいやに長く,アルモリカンには似ても似つかないバルダを かわいそうだけれどお肉にしてしまいました。

バルダは 一産後の牝牛は柔らかくておいしい という定説通り、いや期待以上に こちらの人好みの赤身で 飛び抜けておいしいお肉になりました。そして それ以来,私たちは 巻き毛の牛をマークしています。

巻き毛は どうもマルタノから来ているようで おじいさんがマルタノの牛に巻き毛がよく見られました。でも,バルダのように全身巻き毛は その妹、ベルナデットだけです。

そのベルナデットが 11月にくるくる巻き毛のエリオットを産みました。45キロで生まれたエリオットは 母親や叔母同様おしりが丸い肉牛タイプ。私たちは大きな期待をかけています。別にアルモリカンに似てなくても 血統上アルモリカンだし、お肉さえおいしければ これが ボラン農場のアルモリカン で良いじゃない と今は開き直っています。

と,これほど私たちが期待をかけているエリオットくん。昨日,ふと見ると!

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斜面になっているので 多少後ろが高くても・・・ と ちょうど通りかかった弟分のエバンと比べると

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エ・エ・エ・エリオットだけ、なんで?! とちょっと怖くなりました。

今日、もう一度良く見てみると 多少後ろが高いけれど そんなに違いはありません。いったい 昨日はどうしたのでしょうか。成長期にあること?? こんなの見たことがある方がいらっしゃいましたら どうぞご連絡ください。

お正月!?

昨日からまた北風になり、雪がちらほらの寒空で新年を迎えたボラン農場です。まずは いつもご声援いただいているみなさまに



『幸せな良いお年を!』という意味です。(フランス語ですみません。日本語にしてみたけれど なんかしっくりしないので。) 

日本では お雑煮におせち料理で お正月気分を味わっておられるんでしょうね。(うらやましいー。)私は お昼におとそ代わりのワインを飲んだだけで、明日の午前中に郵送する と約束した翻訳を。(たった1ページだけど・・・)まあ,新年早々仕事がもらえて縁起が良い ということにしています。

大きなお腹でふーふー言ってるみよちゃんは まだ産んでくれません。午前中,寝そべったままでほとんど動かなかったので さあ,いよいよ と思って見ていたけれど 結局 みんなといっしょに乾草を食べに来て,ごくふつうにしています。今晩は ぐんと冷え込みそうなので みよちゃんだけ牛舎に泊まらせることにします。

私たちの周りは クリスマスだろうがお正月だろうが 全く無関心な動物ばかりなので いつもと変わりない新年となりました。とにかく みんな健康で新年を迎えられ これ以上の幸せはありません。

みなさまにとって 今年も健康で楽しい年になりますように!
BONNE ANNEE ! (Jおじさんと動物たちより)

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