ボラン農場の牛たち

アルモリカの小さな村からアルモリカンArmoricaine牛たちのお話をお届けします。

歴史的建造物

6月24日に始まった屋根の工事は、予定通りきっちり2週間で、7月7日に終了しました。普通、10万ユーロ以下で建つ家を《安い》と言うのに、うちでは、当初4万5千ユーロの予算しかなかったので、とにかくシンプルで質素な家を目指しました。

それが・・・

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こんな立派な家になって、初めて見たときは感激してしまいました。

標準サイズ通りにもう少し壁部分を高くすると、建て売り住宅風になるので、正面から見て、屋根の割合が多くなるように設計しました。背の低い、昔の農家風の家です。

こちらは、並木道を入って来ると見える南側です。

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この《歴史的建造物》を思わせる仕上げにご注目ください。

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こちらも・・・

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スレートをきれいに切って、銅の鋲を打ってもらって、家の格がぐんと上がりました。でもこれ、見積りになかったんです。できるだけ安く上がるように、こういう仕上げは、Jおじさんがすることになっていたのですが、こんなにきれいにしてもらって、予定より高くなってももう大満足です。

スレートも、高い特級品ではなくて,選別でハネられたその下のクラスで、少しボコボコ感がありますが、《歴史的建造物》もそうよ、と言うことで気にしないことにしています。

1992年、私たちがここ《ボラン》に引っ越しして来た時、ちょうどこの場所に建っていた昔の家は、完全に廃墟になっていました。以来、はじめの7年は、トレーラーハウスに住み、1999年に牛舎が建ち、その後やっと今の小屋ができました。その間ずっと、ここに家ができるのが夢でした。

その夢の家が、目が覚めて消えてしまわないうちに、と外のテーブルと椅子を持ち込んで、暑い時はここでお昼ごはんです。風通しが良くて、ひんやり涼しい家です。

ただ、一つだけ、Jおじさんをがっかりさせたのが・・・

屋根を葺いてしまうまで、天井はこうでした。

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スレートの重みで屋根が落ち着いたら、最後に梁を入れます。

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・・・・??? 思っていたより少し低いところに来たので、Jおじさん念願の丸天井が難しくなってしまいました。

それを屋根屋さんに説明して、数センチなら削っても大丈夫なようにしてもらいましたが、う~ん、むずかしそう。
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暑中お見舞い申し上げます

6月の末以来のハードスケジュールもどうにか乗り切り、さあ、今までにたまりたまっていたことを片付けよう! というのは気持ちだけで、なんとなくぼーっとしてしまいました。

7月11日の新月の日にお天気が変わり、これからはずっと雨かな と思っていたら、一昨日あたりからまた晴天で暑くなりました。結局、Jおじさんが 7月10日にロールにできなかった2ヘクタール分の乾草をダメにしてしまうのに充分なだけ 雨が降ったわけです。ただでも草が少ない時に、かなりの痛手です。

では、まずボラン農場案内図から。

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牛たちは この暑さでは木陰で座っていることが多く、たまに水を飲みに家の横まで来る時に顔を合わせる程度です。その牛たちにしろ、お馬さんたちにしろ 顔が見えなくなるほどハエがたかり、追い払うのに始終頭やしっぽを振りっ放しです。特に、生まれたばかりのフェストナットがかわいそうです。

それだけハエがいると、私たちに小屋にも当然入って来ます。私が翻訳の仕事をしていた時も、すごい暑さでした。ドアを閉めると小屋の中は30℃近くになり、パソコンのファンがものすごいスピードで回り始めます。だからと言って、ドアを開けると、あっと言う間に小屋中ハエだらけに。

ちょうどその時、屋根の工事(もうとっくに終わりました。後日、家の紹介をします。)とJおじさんの干し草収穫(=機具の修理や保全)が重なり、トラクターだの、重機だの、かなづちで叩く音だの、かなりの騒音だったのですが、そんなのは私は平気です。でも、ハエが頭の上を旋回するのだけはガマンできません。

暑くて、頭がぼーっとしている時です。そこでぶんぶんやられては、仕事どころではなくなります。とうとう アタマに来て、ハエたたきをふりまわし、《皆殺しにしたるー!》となるのですが、それも時間のムダです。ドアを開けると、またべつの(まさか生まれ変わりではない)ハエが入って来るからです。

それに見かねたJおじさんが 外出した時に(私の仕事はほとんど終わってたけど・・・)こんなのを買って来てくれました。

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窓ガラスに貼っておくと、ハエがお花の色に惹かれてやって来て、その上にとまると殺虫剤にやられる というものです。でも、即効性はないので、本当に効いているのかどうかはっきりしません。

なので、Jおじさんは ハエ取り紙もいっしょに買って来ました。そう、おなじみハエ取り紙です。日本でもまだ使われているでしょうか。小さい時、私もハエといっしょに貼り付いてしまい、よく叱られました。

一箱に4個入っていたので、Jおじさんが全部吊るしてくれて、せまい小屋の中、ハエ取り紙だらけ。私は こんなもので本当に取れるの~? とあまりアテにしていなかったのですが、それが大当たりでした。4本のうち3本が良い位置にあるらしくて、ほんの数日でハエが鈴なりに。(汚らしいので写真にしませんでした。)もう忘れていた昔ながらの(万国共通?)ハエ退治法が一番頼りになるのです。

この冬、大雪にびっくりしたように、この暑さも、干ばつも、もう何年もなかったからって油断していてはいけないのです。特に、動物の食べ物に直接関係することだから、こういう事態も予想しておかないといけなかったんだ と考えさせられます。

フェスト・ナットです!

ブルターニュでは(私は行ったことはないけれど)フェスト・ノーズと言う こちらの民謡に合わせて踊りまくる催し物が名物です。それが夜だとフェスト・ノーズ,昼間だとフェスト・デイです。

そして,あの《デブで短足》とA氏に言われただなえの横にいる子牛が フェストナット。

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今朝,9時前に 牛たち、特に出産予定が7月12日だっただなえ、の様子を見に行くと・・・、はい,この子が放牧地に落ちていました。

だなえは 2才5ヵ月の初産で、これだけ脂肪が付いているとお産も大変そう と心配することなどなかったのです。

だなえが少し離れた所で休んでいるスキに,子牛を触ってもちっとも動かないので、あれーっ 大丈夫? と思っているうちに すっくと立ち上がり,おっぱいを探しに行きました。

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フェストナット『あれっ、なんにもでてけえへん?』
だなえ『あたりまえやん。それ去勢のエコくん。』(エコくんは なぜか動かなかった。)

フェストナットは とっても元気で,おっとりした女の子です。久々の女の子で、私たちと仲良くなってもらいたい と親子を群れから離して,牛舎横のパドックまで連れて来ました。充分監視ができるよう、当分そこで生活です。

でも,耳標を付けて、体重を量って(34キロ)、牛舎から出したら、5分もしないうちにお母さんを置き去りにしてパドックから脱走し、Jおじさんを怒らせてしまいました。

ところで,その子牛の名前の意味は?
今日は 7月14日、フランスの国祭日(と言うそうです)。すなわち、フランス語で言うと、フェット(=フェスト)ナショナル。そのナショナルを略して《ナット》です。ですから、ブルターニュ語とは全く関係ありません。

迷子の子牛ちゃん

水曜日の夜11時過ぎ,小屋のすぐ横にいる牛たちの鳴き声が聞こえました。牛はただでは鳴かないので,見に行くと・・・

今度は 子牛が並木道から入って来たのです!! 小さな子牛だから,私があわてている間に,柵をくぐってうちの牛たちのところへ行ってしまいました。

もう,いったいどうなってるんでしょうか。ボラン農場には 牛を引き寄せる陽のバイブレーションでもあるのでしょうか。(そう言えば,迷子の犬が来たこともあるから,動物全部?)

翌朝、しっかり見てみると,かわいいノルマン種の女の子でした。

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未成年の女の子が無断外泊したのに 心配もしない親はだれだ! と憤慨しつつ,ご近所に聞いてみても いったいどこの子かわかりませんでした。

捕まえるには、うちの牛たちといっしょに牛舎に入れないといけません。この忙しいのにめんどうだけど,そこはうまい具合に 16ヵ月になったエミリーが発情したので 人工授精を頼んで一石二鳥としました。

そして,お昼ごろ みんなを牛舎に入れようとしたちょうどその時,お隣のF君が牛運搬用のトレーラーを牽いて(トラクターで)走って来ました。犯人はF君(牛の脱走常習犯)だったのです。

やれやれ,子牛を交番(牛はどこに?)に連れて行く手間も省けて、めでたしめでたし。ところで 子牛ちゃんは お父さんがアルモリカン(ビアンくん)、お母さんがノルマンの 2ヵ月の赤ちゃんだそうです。足が長くて,このとしで もうおっぱいも一人前で,ノルマン種はやっぱりアルモリカンよりずっと優秀です。

お家はここまで来ました。

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まだ,毎日見とれています。

牛たちは昨日,道を渡って、南側に移動しました。

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