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ボラン農場の牛たち

アルモリカの小さな村からアルモリカンArmoricaine牛たちのお話をお届けします。

去勢君たち、大きくならないで !

Picoline 191030

霧のち雨のボラン農場です。こんな最低なお天気は、きっとここだけ。『霧が晴れる』って言うくらいだから、霧のち雨なんてふつうありえない。

さて昨日は、ナブコ君出発の日でした。(写真がないので、ピコリンちゃんが代役。)

まだ、31カ月になっていないナブコ君。前々から、この子の出荷時期が気になってました。なぜなら、

めちゃでっかいから。

先月出荷も考えたけれど、年上のマリオ君が良くなってたので、そちらに。そのマリオ君、なかなか大きくならない、なんて言ってるうちに、枝肉重量が400キロを超えてしまいました。まだ33カ月だったのに。

マリオ君よりさらにでっかいナブコ君。まず、出荷前日にジョンさん牧場からボラン農場に連れて来る時から、それはそれは緊張しました。今まで、こんなに大きい子っていた? と思うほどの大きさですから。

とにかく、何をするにも『暴れんといてね。』と心の中で祈りながらだったので、写真を撮る余裕などなし。

問題なく出荷柵に入ってくれたけど、トレーラーに乗せるところで、

背が高すぎて、扉上の顔出し防止カバーに衝突。

トレーラーは、牛馬兼用仕様のもので、天井が牛専用より高くなっています。(ふつう牛より背の高い)馬を運ぶ時は、扉上部のカバーは外しておきます。でも牛なんで、そんなことは全く予期せず。牛専用仕様だったら、入りませんでした。

どうにか頭を下げさせてトレーラーに押し込み、ボラン農場に向けて出発です。トレーラーは、ナブコ君がちょっと動くだけで、船のように揺れます。

ボラン農場に到着し、翌朝の出発まで、ナブコ君はおんまさん用ボックスに。

幸い、マックス君出荷時の騒動以来、おかず君ボックスを補強したので、柵を飛び越える心配はまずありません。

ボックスに入れてからも、暴れられるのが怖くて、あまり声をかけたり、顔を見たりできませんでした。それでも、パッと見ただけでも、ナブコ君、超巨大馬のおかず君と同じ位、または、より大きいのはわかります。

なんで、こんなに大きくなるのぉー、って本人(本牛)に言ってもしょうがないんですけど。

本当に、早く大きくなる去勢君は困ります。昔は、36カ月を過ぎるとやっと一人前の大きさ(枝肉重量400キロ弱)になってたのに、このところ30カ月でそれ位になる子が多くなりました。

今までの経験から、大きな枝肉より400キロ以下の小さめの方がおいしかったように、私は思います。だから私は、なかなか大きくならない、故ももたろう君とか、ニコ君とかが好みです。体の小さい子なら、36カ月以上待って、より味のあるお肉にできますから。

前回のマルセル君ですが、29カ月でもけっこうおいしいやん、と思ってました。でも、その前のももたろう君と比較してみたら・・・、

違いは歴然でした。

時間(と手間)をかけないと、おいしいお肉はできません。

早く大きくなり過ぎた、ナブコ君。結局、翌朝までおとなしくしてくれて(ボックスは信じられないほど汚したけど)、無事出発しました。でっかすぎて恐ろしいから、お肉になってホッとする、って不本意だけれど。

そして今日、結果を教えてもらいました。

枝肉重量 : 461,4 キロ、O+4

恐れていたほど巨大な枝肉ではなくて、まずは安心だけど、精肉25箱の予想。今度は、完売できるか心配です。

歳は若いけど、脂身が多い(余分な脂身は落とします)ので、それなりにおいしいお肉になるはずです。ご希望の方はどうぞこちらから。
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夢と謎解き

GC 20191010

このところ、ようやく雨が少なくなったボラン農場です。牛たちは、冬に備えてか、一日中せっせと草を食べてます。

さて今日は、先日見た短い夢の話です。

『あのちっちゃいピコリンちゃんが、ひとつ下の牧区で草を食べてます。各牧区の出入り口は、電気の通ったワイヤだけなので、背の低いピコリンちゃんはくぐり抜けてしまいます。

いつものことで、私がピコリンちゃんのお尻を押して、みんなのいる隣の牧区へ戻そうとしていると、

突然、みんな一斉に土手を乗り越えてこちらになだれ込んで来ます。(土手の両側に電気牧柵が通ってるので、本当は不可能。)

その騒ぎの中、お母さん牛が一頭、ワイヤを脚に絡ませて倒れてます。(牧柵の電気は感電しないけど、かなりのショック。)助けてやるのに電源を切らないと、と私が走り出す・・・』

というところで終わりです。

翌朝、夜明けとともに(と言っても8時ごろ)牛たちの様子を見に行った時、念のため牧柵の電源を切っておきました。万が一牛が倒れていたら、すぐに対処できるように。

幸い、牛たちはいつものように静かに朝ごはんを食べていました。(上の写真参照)

その日、眼医者さんの予約があったので、私はほとんど一日中留守でした。(この地方、眼医者さん不足で遠くにしかなくて、1日かがり。視力検査に10分、先生の診察に5分、のため。)

Jおじさんには、たまには牛たちの様子を見るように頼んでおいたけど、一度遠くから見ただけとか。

夕方、家に戻り、おやつも食べないで牛たちを見に行くと、なんかヘン。

よく見ると、群れの半分が、ワイヤで仕切ってある《大畑》下の部分にいます。下部分は、上を食べ終わったら開けることになっています。

牛たちがいるところまで見に行くと、ワイヤの向こう側の端が外れたようで、開けっ放し。(それでも下に行かなかった牛たちはかしこい?!)

納屋にいたJおじさんにメッセージを送り、牧柵の電源を切ってもらい、下でまだ新しい草を堪能していた牛たちを上に戻そうとしていると、

能無しスーパーワン登場 !

犬のオスカルです。私が怒ってるのを察したのか、助っ人に走って来ます。やめろと言っても、子牛を狙ってめくらめっぼうに追い立てます。大パニックに陥った子牛たち。上にいるママのところに行こうと、(壊れていない)仕切りに体当たりするや、跳び越えるやら・・・。

当初、端が外れてただけの仕切りが、おかげで全滅状態に。

それでも、どうにか全員上に行ったので、急いでワイヤを杭に引っ掛け直して、下を閉め切ってしまおう、と急いでいたら、オスカルくん・・・、

今度は、上で一丸となっていた牛たちをめがけて走って行くではありませんか !!!

もう、いくら呼ぼうが、叫ぼうが、オスカルを止めることは不可能です。

で、全頭まだ閉まっていない下に逃げ込み、ゲームオーバー。

あれから、オスカルは牛禁止で、私が牛を見に行く時は家に閉じ込めることにしてます。

ところで、あの夢。正夢だった。夢ではわからなかったけど、牛たちが急に走り出したのはオスカルのせいだったのか。

電化生活

GC 20191012

家を建てる話はずっとしていませんでした。もうとっくに完成したのだろう、と思われている方も多いことでしょう。

いえ、まだ終ってません。

とにかく、Jおじさんがグズで忙しく、工事が予定通り進むわけはなく、この夏やっと電気工事が終了しました。

そのスイッチとコンセントの位置を決めるだけでも、何日もかかりました。なぜなら、我が家はワンルーム。洗面とシャワールーム以外は仕切りなし。どこを通ってそれぞれのコーナーに行くか、何回もシミュレーションして、やっと今の形になりました。

スイッチを押すと灯りが点くなんて画期的で、いまだに感激します。以前も電気はあったけど、電気メーターから直接引いてきた《コードにコンセント》式でしたから。

快適な電化生活で大満足、のはずだったけど、いくつか納得のいかないことも。これも長いこと原始生活をしてきたせいでしょうか。

まず、電気代がどれくらい増えるか心配。
これまで、ガスでお湯を沸かしてたから、ガス代が無くなる分で埋め合わせできるといいけど・・・。

それよりも気になってしょうがないのが、湯沸かし器。
お湯を温めて溜めておくタイプですが、

蛇口をひねって、お湯が出て来るまで、お水が下水に直行 ?!

手や顔は、お水で洗い始めてすすぎに温水、でがまんできるけど、シャワーなんて、お湯が来るまで水をたれ流し ?!

その無駄にしたお水の量を考えると、これってまずくないですか。飲料用にわざわざ処理したお水ですよ。世界中の人が毎日こんなことをして、どれだけの水が無駄になってるの ?

蛇口をひねると水もお湯も出て来るのがあたりまえになってるけど、今まで、水は汲み置きをして大事に使い、お湯はストーブまたはガスで沸かしていた原始人としては、すごく疑問に感じてしまいます。

電気湯沸かし器に関して、もう一点。
水は温まると膨張します。そのために安全装置が付いていて、そこから直接下水に水を逃がすようになっています。でも、うちではまだ排水管に繋げていないので、仮にバケツを置いてます。Jおじさんの実家では、お皿を置いてた、と言うことなので。もともと、安全装置に水を溜めておくカップのようなものが付いていて、それが溢れた時の受け皿です。

そのバケツの水、数日で1リットルぐらい溜まります。(うちだけ異常 ?)

快適な生活もしたいけど、環境には良くないことが多すぎないですか。今の技術で、なんでもっと無駄のないシステムを開発できないのか、と思います。

電気と言うと、家の真ん前に立ってるコンクリートの電信柱。確かに目障りです。でも、これも、その歴史を知ると見方が変わってきます。

戦後(第二次世界大戦のこと)の話ですが、開発が遅れていたブルターニュの電化が国の政策として進められ、こんな奥地でも各戸に電気が引かれました。当時、電力会社は国有でしたから。

ボラン農場には、直線で何百メートルも離れた隣の家から、谷を越えて電線が来ています。コンクリートの電柱を斜面に何本も立てて。

それだけの労力とお金をかけてやって来た電気です。ところが、当時のボラン農場の住人は、

電気なんかいらん ! と。

それ以来、電気は電柱で止まったままで、一度も使われることはありませんでした。

その数十年後、私たちがここにやって来て、初めての利用者になったわけです。電柱が設置されたのが、およそ私たちが生まれた年代で、私たちの(主にJおじさんの)お誕生のお祝いに用意しておいてくれた、と解釈することにしています。


上の写真、雨の合間に《大畑》に引っ越した牛たち。みんな黙々と草を食べるばかり。おんまさんたちはジョンさんち牧場だし、ほんとに静かなボラン農場です。

雨やどり

191007

このところ雨ばかりのボラン農場です。夏の間あんなにお天気が良かったから、しっぺ返しが来てもしょうがないか。

長期お休みしていた間も、いろんなことがありました。

まず、ピコリンちゃん
下痢が続いて(今も時々・・・)この子は大きくなれるんだろうか、と心配したれけど、あれから積極的に他の子牛たちと付き合うようになり、みんなの先頭に立って走り回ったり、今ではごくふつうの子牛に。(身体はちっちゃいけど。)

ママ牛と一年生牛たちの種付け
一度に二頭発情したりして、効率良く全頭の人工授精を実施できました。一年生のクロシェットとみみちゃんは、先週の土曜日にしたばかりで、やり直しの可能性も。

マリオくん、パリのレストランに向けて出発
モツの配達でとんでもないトラブルが。(クロノ〇〇〇〇〇さん、やっぱり信頼できない?)枝肉の方は(別の運送屋さんで)今週レストランに到着の予定。

いちま姐さんとリリーの縁談キャンセル
ああ、今年の冬は平和〜、と安心してたら、お話がなかったことに。で、(Jおじさんはリリーを手放すべきかまだ迷ってるけど)この二頭余ってますので、ご希望の方はご連絡ください。

と、そんなこんなで、ボラン農場の牛たちは相変わらずのんびり元気にしています。雨の時は乾草がお好みのようで、ないとうるさく催促されます。

おいしそうに今年の乾草(本当は冬用)を食べる牛たち。ついでに雨やどり?