さて,ビタミン出発のお話の続きです。
[前回のあらすじ]若い牝牛ビタミンをトラックに乗せようとしたら,すでに乗っていたよその知らない牛3頭が いきなりトラックから飛び出し,柵をぶっ飛ばして牧草地を大暴走。うちの牛たちもいっしょです。逃げた牛たちをトラックに戻そうと追いかけているうちに夜になりました。こうして,その夜は よその知らない牛たちもおとなしく羊飼いのジョンさんちにいてもらうことにしました。
次の日も私たちは いったいどうやってよその知らない牛たちを捕まえたらいいのか 頭を悩ませていました。とにかく、まず 昨日めちゃめちゃにされた出荷柵の前の小さな囲いの柵の修理です。次に 牛たちがいる牧草地から囲いに入れるための通路を作りました。全員まっすぐ囲いに入ってもらわないと,一頭でも囲いの向う側にいたりすると、みんなが行きたがって また柵を壊すことになりかねません。通路の片側は電線が一本だけです。そこで暴走させたら,止めるのは無理です。牛はまた 単独で行動できない動物ですから 全員いっしょに移動させないとうまく行きません。でも、ここジョンさんちには うちのが全部で11頭、プラスよそのが3頭と多人数です。その囲いの出入り口も電線一本で閉めているだけなので,逆走されたら簡単に飛んでしまいます。これがゲームだとしたらこんな感じになります。

昨日、ビタミンを出荷柵に入れようとしてやったのが《レベル2》です。それほど簡単ではないのですが、運良く成功しました。問題なのはこのグループにはリーダーがいないことなんです。普通,角が一番長い=一番年上の牛がリーダーになります。この場合,マルキーズが一番痛そうな角をしていて、年も上なのですが,性格がアウトサイダーなのでリーダーにはなりたがりません。《レベル1》は立派なリーダー,イッジーがいる場合の例です。あとは従順な子牛ばかりだったとしたら,もう簡単です。ところが今日のは《レベル10》。本当にこんなことができるのかもわかりません。
準備ができました。昨日の約束で,今日うまく行かなくても 最低限ビタミンだけは連れて行ってくれるということだったので とにかくビタミンを出荷柵に入れることから始めました。非常時には秘密兵器です。挽いた燕麦(大麦がなかったので)の入ったバケツを持ってビタミンと数頭の牛を釣りに行きました。うまい具合にビタミンがたまとユプサといっしょに牧草地から通路に入って来ました。他の牛が来ないように柵(電線のみ)を閉め切りました。一度は3頭とも出荷柵の中に入りそうだったのですが,ビタミンだけが逆走して他の仲間のところに戻ってしまいました(こういう時って怒りで『こんな牛食べてやる』と思います)。ビタミンにつられてユプサも。たまだけは柵の中で無心に燕麦を食べていました。たまがこんなに食いしん坊だとは知りませんでした。そこでたまを柵につないでおとりにして,幸い牧草地には戻らずまだ通路にいたビタミンとユプサを捕まえて,全員つないで一段落。これで最低限は確保できました。その時はもうほとんどお昼でした。さあ,どうしましょう。Jが『どうせ母牛たちはうち(ボラン農場)に戻さないといけないから,トレーラーさえあればこのまま連れて帰って,ここは空にしてからよその牛を追いかけたのになぁ。』と言いました。でも,うちにはトレーラー(家畜運搬用)はありません。先回は友達に無理を言って貸してもらったのですが,その友達はけっこう遠くに住んでいるので今すぐはダメです。と、途方に暮れていたら,私の目が遠くに見える隣の農家にとまりました。『(関西弁です)あそこの農家ってけっこう大きいやん。トレーラーぐらい持ってんのちゃう。貸してくれへんかなぁ。』Jはすぐにジョンさんに聞きに行きました。Jが15分ほどして笑顔で戻って来ました。たしかにお隣さんはトレーラーを持っていて,とても親切な人だから貸してくれるはずと ジョンさんがお隣さんに電話で事情を説明してくれて,すぐに取りに来ていいと言ってくれた と。もう,地獄で仏様に出会ったようなものです。Jはすぐにトラクターに乗ってトレーラーを借りに行きました。私は Jが戻って来るを待っていました。するとトラックが一台、すぐ横の道路からガタガタと音をさせてこちらに突進してくるではありませんか。昨日の運転手さんです。午後 って言ってたのにもう来てくれたのです。やっぱり,すごく気になっていたようです。それで,私たちのプランを説明したら,快く賛成してくれました。私は『そんなことしていたら、日が暮れてしまう。』と反対されるのではないかと思っていたので ホッとしました。そして,Jが4頭は楽に乗せられそうな大きなトレーラーを引いて戻って来ました。ビタミンはトラックに,たまとユプサをトレーラーに乗せて,またもう一度、だれでもいいからうちの牛を釣ってトレーラーに乗せることにしました。今度来たのは ユーチカ,バルダと去勢牛4頭(全員)です。そうして,トレーラーにユーチカとバルダを乗せて,総勢4頭をボラン農場に配達です。その間に ジョンさんちに助っ人が駆けつけてくれていました。牛肉処理会社の社長さん(運転手さんのボス)と営業さんです。会社としても,牛が逃げたことは大問題であり,運転手さんだけに責任を着せるわけにはいかない と応援に来てくれたのです。これだけの人数がいれば心強いです。さっそく,去勢牛の3頭をトレーラーに乗せ,一番大きい一頭をおとりにして いよいよ大捕り物です。
牧草地にまだ残っているのは,よその3頭とユゴリン,マルキーズです。ユゴリンは呼べば来る良い子だし,マルキーズはたぐいまれな食いしん坊。私が じつはもうみんなに食べられてしまって空のバケツを見せると,案の定ついて来ました。2頭ともそのまままっすぐ出荷柵の中に。その後ろからついて来たよその3頭も そのまた後ろを歩いていた業者さんたちに押されて しぶしぶ柵の中に。後ろの扉が閉まると,全員同時に『ほっ!』。あの時の不思議な気持ちは忘れられません。私たちの勝利です。みんなで力を合わせて,それも落ち着いて,静かにやったおかげで。みんなが私たちのやり方を尊重してくれて いっしょに成功したことがうれしくてたまりません。
あとは 運転手さんがよその3頭を脅して,トラックに乗せました。まだ、4時を回ったところでした。運転手さんも私たちもお昼ぬきだったけど,上機嫌でした。こうして,トラックの中でさんざん待たされたビタミンも,一日遅れで出発しました。母牛たちもトレーラーが借りられたおかげでポラン農場に戻ったし,ころんだけれどただでは起きなかったところが自慢です。
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