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ボラン農場の牛たち

アルモリカの小さな村からアルモリカンArmoricaine牛たちのお話をお届けします。

100点満点

PM2 191204

何カ月も続いた雨もやっと中休みになり(と言うことは、このあとまた雨)、日向でのんびりの牛たち。

でも、これもお昼頃までで、午後になるとシュプレヒコールが飛んできます。ちゃんと乾草を置いてあるのに、よそに行きたいみたいで。(よそに行っても、草もうないよ。)

さて、クロシェットとみみちゃんの種付けからかれこれ2カ月経ち、もう誰も発情しなくなったので、全頭(9頭)の妊娠鑑定をしてもらいました。特に、近々よそにお嫁入り予定の3頭は、証明書を付けてやった方がええやろ、と言うことで。

しばらく使ってなかった牛舎は、牛たちが入る側の引き戸の具合が(ずっと前から)悪くて、修理が必要でした。授精師さんに来てもらう日時は、もう先週から決まってたのに、やっと引き戸が付いたのが、当日のお昼。日程に余裕を持って始めたはずなのに、いつもながらハラハラしてしまいます。

もういいかげんよそに行きたい、と思ってる牛たちは、北の牧区から牛舎裏までうれしそうに来てくれます。でも、そこはまだけっこう草が残っていて、誰も牛舎に入って乾草を食べようとはしないので、一頭ずつ順番に牛舎のお席にエスコートするしかありません。

そうしてるうちに、授精師さんが到着。

あとは一年生三頭といつも最後にしか来ないげんきが外に・・・・,と思ったら、クロシェットとオーリーちゃんが、去年の子牛席で黙々と乾草を食べてました。本当は向かいの母牛席に行かせたかったけれど、手っ取り早くその場に繋ぎ、後から来たみみちゃんもすんなりその隣へ。

子供の時の習慣、ってほんとに根強いです。だからこそ、小さいうちにちゃんと躾けておくべきですね。

牛舎が好きなのか、あちこちウロウロしてたオージーくんを追い出して、いよいよエコー検査開始です。

中には、いやがって授精師さんを振り回すのもいたけれど、まずまずおとなしく検査を受けてくれました。

で、結果は(わかってたけど)・・・,

全頭妊娠。

不妊牛ではないかと心配していたあのクロシェットちゃんも。おかげでホッとしました。

でも、100点満点の意味は、それじゃなくて、

全頭、一回の人工授精(ストロー1本で)で妊娠したこと。

授精師さんも驚いてました。そうあることではないみたいで。とにかく、ボラン農場始まって以来の快挙です。

牛飼いは片手間にできることじゃない、と今年は本気で牛たちを観察して来ました。たまに、私が仕事で家を出ようとしてる時に発情?!っていうのもあったけど、また、発情を見逃したこともあったかも知れないけれど、私の見間違いはなかった。

そう思うとうれしいです。

アルモリカンは発情がわかりづらい、と言うけれど、ほんとにそうなのかな?

ボラン農場では、3回人工授精しても種がつかない牛はお肉にする、という決まりで、少しでも繁殖障害が疑われる牛を飼い続けることはありません。それがきっと良い結果につながったのだと思います。

今日も、11時45分にあわてて牛たちを見に行こうとして、ひとりで笑ってしまった。午後の人工授精の締め切り時間だけど、発情する牛がいるわけないもん。
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生まれてきた甲斐がない

191107 GC

11月に入り、最高気温が10℃を超えないボラン農場です。相変わらず雨(またはアラレ)でも、時には晴れ間も出て、名物の虹が見放題。(もう飽きた。)

さて、先日(珍しく)仕事でレンヌに行った時のことです。

仕事も終わり、ランチをごちそうしてもらうことになり、迷わずサーロインステーキを注文。もう何カ月も自家製牛肉の在庫切れで、お肉はずっと食べてなかったし、世間ではどんなのを食べてるのか興味があったので。

お買い得日替わりランチだったので、さほど期待しないでいたけれど、出てきたサーロインステーキは、

なぜか細長かった?!

おなじみのサーロインステーキを頭に浮かべて、どこをどう切ったらこんな形になるのか考えたけど、わからない。

よくあるグリル焼きで、端は焦げてます。そこは避けて切ってみたら、

かたい?!

サーロインなのに硬い。歯が立たないほどの硬さではないけれど(昔よくあった)、ぜんぜん柔らかくない。その長いサーロインの真ん中あたりまで行くと、若干柔らかくなったけど、そのまま端に向かって進むと、また硬い部分が。

食べられないわけではないけれど、でも、でも、

味がない?!

焦げた味だけで、お肉の味がしない。

なんでだろう? キメが粗いから、肉牛? まだ若すぎて、味がない? それなら、硬いはずないよね?

サービスの方にさりげなく聞くと、

乳用の廃用牛だそうです。

廃用牛、とは言っても、ふつう3産程度だから6~7歳?

ふとその牛の生涯を考えてしまいました。

生まれて間もなくお母さんから離されて、子牛同士で育てられ、大きくなって子牛を産んでも、すぐに盗られて・・・。きっと、年に1万リットルの能力ある牛だったんだね。自分の体を削ってミルクを出して・・・。だから、おいしくないお肉になったのかぁ。でもそれじゃあ、せっかく生まれてきたカイがないんじゃない? 短い生涯で、楽しいことも、うれしいこともあったかもしれないけど・・・。

こんな哀れな牛を産ませるのは、もうやめようよ。ヨーロッパでは牛乳が余ってる、というのに。

まず消費者が、こんなにまずいお肉は拒否しようよ。

レストランで、私と同じサーロインステーキをごくあたりまえのように食べてる人を見たけれど、おいしくなかったらそう言って欲しい。

また、動物を殺すのはいけないことだから、お肉はもう食べない、という人が増えているけれど、お肉をボイコットして、家畜を全部絶滅させてしまうことが、地球のためになるはずありません。

ボイコットすべきなのは、大量生産のまずいお肉。

お肉はそんなに毎日食べなくていいのだから、おいしくて笑顔になるものだけを食べるようにしたい。


PS : 先日出荷したナブコ君、予約終了しました。ありがとうございました。

去勢君たち、大きくならないで !

Picoline 191030

霧のち雨のボラン農場です。こんな最低なお天気は、きっとここだけ。『霧が晴れる』って言うくらいだから、霧のち雨なんてふつうありえない。

さて昨日は、ナブコ君出発の日でした。(写真がないので、ピコリンちゃんが代役。)

まだ、31カ月になっていないナブコ君。前々から、この子の出荷時期が気になってました。なぜなら、

めちゃでっかいから。

先月出荷も考えたけれど、年上のマリオ君が良くなってたので、そちらに。そのマリオ君、なかなか大きくならない、なんて言ってるうちに、枝肉重量が400キロを超えてしまいました。まだ33カ月だったのに。

マリオ君よりさらにでっかいナブコ君。まず、出荷前日にジョンさん牧場からボラン農場に連れて来る時から、それはそれは緊張しました。今まで、こんなに大きい子っていた? と思うほどの大きさですから。

とにかく、何をするにも『暴れんといてね。』と心の中で祈りながらだったので、写真を撮る余裕などなし。

問題なく出荷柵に入ってくれたけど、トレーラーに乗せるところで、

背が高すぎて、扉上の顔出し防止カバーに衝突。

トレーラーは、牛馬兼用仕様のもので、天井が牛専用より高くなっています。(ふつう牛より背の高い)馬を運ぶ時は、扉上部のカバーは外しておきます。でも牛なんで、そんなことは全く予期せず。牛専用仕様だったら、入りませんでした。

どうにか頭を下げさせてトレーラーに押し込み、ボラン農場に向けて出発です。トレーラーは、ナブコ君がちょっと動くだけで、船のように揺れます。

ボラン農場に到着し、翌朝の出発まで、ナブコ君はおんまさん用ボックスに。

幸い、マックス君出荷時の騒動以来、おかず君ボックスを補強したので、柵を飛び越える心配はまずありません。

ボックスに入れてからも、暴れられるのが怖くて、あまり声をかけたり、顔を見たりできませんでした。それでも、パッと見ただけでも、ナブコ君、超巨大馬のおかず君と同じ位、または、より大きいのはわかります。

なんで、こんなに大きくなるのぉー、って本人(本牛)に言ってもしょうがないんですけど。

本当に、早く大きくなる去勢君は困ります。昔は、36カ月を過ぎるとやっと一人前の大きさ(枝肉重量400キロ弱)になってたのに、このところ30カ月でそれ位になる子が多くなりました。

今までの経験から、大きな枝肉より400キロ以下の小さめの方がおいしかったように、私は思います。だから私は、なかなか大きくならない、故ももたろう君とか、ニコ君とかが好みです。体の小さい子なら、36カ月以上待って、より味のあるお肉にできますから。

前回のマルセル君ですが、29カ月でもけっこうおいしいやん、と思ってました。でも、その前のももたろう君と比較してみたら・・・、

違いは歴然でした。

時間(と手間)をかけないと、おいしいお肉はできません。

早く大きくなり過ぎた、ナブコ君。結局、翌朝までおとなしくしてくれて(ボックスは信じられないほど汚したけど)、無事出発しました。でっかすぎて恐ろしいから、お肉になってホッとする、って不本意だけれど。

そして今日、結果を教えてもらいました。

枝肉重量 : 461,4 キロ、O+4

恐れていたほど巨大な枝肉ではなくて、まずは安心だけど、精肉25箱の予想。今度は、完売できるか心配です。

歳は若いけど、脂身が多い(余分な脂身は落とします)ので、それなりにおいしいお肉になるはずです。ご希望の方はどうぞこちらから。

夢と謎解き

GC 20191010

このところ、ようやく雨が少なくなったボラン農場です。牛たちは、冬に備えてか、一日中せっせと草を食べてます。

さて今日は、先日見た短い夢の話です。

『あのちっちゃいピコリンちゃんが、ひとつ下の牧区で草を食べてます。各牧区の出入り口は、電気の通ったワイヤだけなので、背の低いピコリンちゃんはくぐり抜けてしまいます。

いつものことで、私がピコリンちゃんのお尻を押して、みんなのいる隣の牧区へ戻そうとしていると、

突然、みんな一斉に土手を乗り越えてこちらになだれ込んで来ます。(土手の両側に電気牧柵が通ってるので、本当は不可能。)

その騒ぎの中、お母さん牛が一頭、ワイヤを脚に絡ませて倒れてます。(牧柵の電気は感電しないけど、かなりのショック。)助けてやるのに電源を切らないと、と私が走り出す・・・』

というところで終わりです。

翌朝、夜明けとともに(と言っても8時ごろ)牛たちの様子を見に行った時、念のため牧柵の電源を切っておきました。万が一牛が倒れていたら、すぐに対処できるように。

幸い、牛たちはいつものように静かに朝ごはんを食べていました。(上の写真参照)

その日、眼医者さんの予約があったので、私はほとんど一日中留守でした。(この地方、眼医者さん不足で遠くにしかなくて、1日かがり。視力検査に10分、先生の診察に5分、のため。)

Jおじさんには、たまには牛たちの様子を見るように頼んでおいたけど、一度遠くから見ただけとか。

夕方、家に戻り、おやつも食べないで牛たちを見に行くと、なんかヘン。

よく見ると、群れの半分が、ワイヤで仕切ってある《大畑》下の部分にいます。下部分は、上を食べ終わったら開けることになっています。

牛たちがいるところまで見に行くと、ワイヤの向こう側の端が外れたようで、開けっ放し。(それでも下に行かなかった牛たちはかしこい?!)

納屋にいたJおじさんにメッセージを送り、牧柵の電源を切ってもらい、下でまだ新しい草を堪能していた牛たちを上に戻そうとしていると、

能無しスーパーワン登場 !

犬のオスカルです。私が怒ってるのを察したのか、助っ人に走って来ます。やめろと言っても、子牛を狙ってめくらめっぼうに追い立てます。大パニックに陥った子牛たち。上にいるママのところに行こうと、(壊れていない)仕切りに体当たりするや、跳び越えるやら・・・。

当初、端が外れてただけの仕切りが、おかげで全滅状態に。

それでも、どうにか全員上に行ったので、急いでワイヤを杭に引っ掛け直して、下を閉め切ってしまおう、と急いでいたら、オスカルくん・・・、

今度は、上で一丸となっていた牛たちをめがけて走って行くではありませんか !!!

もう、いくら呼ぼうが、叫ぼうが、オスカルを止めることは不可能です。

で、全頭まだ閉まっていない下に逃げ込み、ゲームオーバー。

あれから、オスカルは牛禁止で、私が牛を見に行く時は家に閉じ込めることにしてます。

ところで、あの夢。正夢だった。夢ではわからなかったけど、牛たちが急に走り出したのはオスカルのせいだったのか。

電化生活

GC 20191012

家を建てる話はずっとしていませんでした。もうとっくに完成したのだろう、と思われている方も多いことでしょう。

いえ、まだ終ってません。

とにかく、Jおじさんがグズで忙しく、工事が予定通り進むわけはなく、この夏やっと電気工事が終了しました。

そのスイッチとコンセントの位置を決めるだけでも、何日もかかりました。なぜなら、我が家はワンルーム。洗面とシャワールーム以外は仕切りなし。どこを通ってそれぞれのコーナーに行くか、何回もシミュレーションして、やっと今の形になりました。

スイッチを押すと灯りが点くなんて画期的で、いまだに感激します。以前も電気はあったけど、電気メーターから直接引いてきた《コードにコンセント》式でしたから。

快適な電化生活で大満足、のはずだったけど、いくつか納得のいかないことも。これも長いこと原始生活をしてきたせいでしょうか。

まず、電気代がどれくらい増えるか心配。
これまで、ガスでお湯を沸かしてたから、ガス代が無くなる分で埋め合わせできるといいけど・・・。

それよりも気になってしょうがないのが、湯沸かし器。
お湯を温めて溜めておくタイプですが、

蛇口をひねって、お湯が出て来るまで、お水が下水に直行 ?!

手や顔は、お水で洗い始めてすすぎに温水、でがまんできるけど、シャワーなんて、お湯が来るまで水をたれ流し ?!

その無駄にしたお水の量を考えると、これってまずくないですか。飲料用にわざわざ処理したお水ですよ。世界中の人が毎日こんなことをして、どれだけの水が無駄になってるの ?

蛇口をひねると水もお湯も出て来るのがあたりまえになってるけど、今まで、水は汲み置きをして大事に使い、お湯はストーブまたはガスで沸かしていた原始人としては、すごく疑問に感じてしまいます。

電気湯沸かし器に関して、もう一点。
水は温まると膨張します。そのために安全装置が付いていて、そこから直接下水に水を逃がすようになっています。でも、うちではまだ排水管に繋げていないので、仮にバケツを置いてます。Jおじさんの実家では、お皿を置いてた、と言うことなので。もともと、安全装置に水を溜めておくカップのようなものが付いていて、それが溢れた時の受け皿です。

そのバケツの水、数日で1リットルぐらい溜まります。(うちだけ異常 ?)

快適な生活もしたいけど、環境には良くないことが多すぎないですか。今の技術で、なんでもっと無駄のないシステムを開発できないのか、と思います。

電気と言うと、家の真ん前に立ってるコンクリートの電信柱。確かに目障りです。でも、これも、その歴史を知ると見方が変わってきます。

戦後(第二次世界大戦のこと)の話ですが、開発が遅れていたブルターニュの電化が国の政策として進められ、こんな奥地でも各戸に電気が引かれました。当時、電力会社は国有でしたから。

ボラン農場には、直線で何百メートルも離れた隣の家から、谷を越えて電線が来ています。コンクリートの電柱を斜面に何本も立てて。

それだけの労力とお金をかけてやって来た電気です。ところが、当時のボラン農場の住人は、

電気なんかいらん ! と。

それ以来、電気は電柱で止まったままで、一度も使われることはありませんでした。

その数十年後、私たちがここにやって来て、初めての利用者になったわけです。電柱が設置されたのが、およそ私たちが生まれた年代で、私たちの(主にJおじさんの)お誕生のお祝いに用意しておいてくれた、と解釈することにしています。


上の写真、雨の合間に《大畑》に引っ越した牛たち。みんな黙々と草を食べるばかり。おんまさんたちはジョンさんち牧場だし、ほんとに静かなボラン農場です。